「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹著

「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹著

まずは始めに謝罪を。ライティング関連の本の紹介を期待していた方は申し訳ございません。これから紹介するのは、How To 本でもなければ、著名なコピーライターのエッセイなどでもありません。

見出しの通り、日本が誇る小説家・村上春樹氏の初期の名作、いわゆる羊シリーズの小説についてです。

デビュー作となる「風の歌を聴け」から始まるシリーズものの完結編とも言える名作ですね。

もちろん、作品としても大好きで、素晴らしい小説ですが、今回紹介したいと思ったのは、主人公「僕」のセリフがとても印象深く、私のライターとしてのあり方をある意味で決定づけたといっても過言ではないからです。

How To本については山程ありますし、よい本はおそらく私以外の優秀なライターの皆さんが紹介してくれるはず。それに、どれだけおすすめしようと本人のスタイルに合わなければHow To本はその人にとってのバイブルにはなり得ません。

それならば私はライターとしての心構えについて学んだ、この本を紹介していきたいと思った次第です。

ライターとしての本質を教えてくれた「僕」のセリフ

ライターとしての本質を教えてくれた「僕」のセリフ

それでは、「ダンス・ダンス・ダンス」で私の心を掴んだセリフについて紹介します。

”穴を埋める為の文章を提供してるだけのことです。何でもいいんです。字が書いてあればいいんです。でも誰かが書かなくてはならない。で、僕が書いてるんです。雪かきと同じです。文化的雪かき”

引用:村上春樹著:ダンス・ダンス・ダンス(講談社)より

これは、主人公である「僕」が小説のキーマンとなるユキの父親に語ったセリフの一節です。
この「文化的雪かき」という言葉が私には当時衝撃でした。
さらに、この「文化的雪かき」を補足するように「僕」はこんな風にも語っています。

”僕は仕事のよりごのみをしなかったし、まわってくる仕事は片っ端から引受けた。期限前にちゃんと仕上げたし、何があっても文句を言わず、字もきれいだった。仕事だって丁寧だった。他の連中が手を抜くところを真面目にやったし、ギャラが安くても嫌な顔ひとつしなかった。午前二時半に電話がかかってきてどうしても六時までに四百字詰め二十枚書いてくれ(アナログ式時計の長所について、あるいは四十代女性の魅力について、あるいはヘルシンキの街 – もちろん行ったことはない – の美しさについて)と言われれば、ちゃんと五時半には仕上げた。書き直せと言われれば六時までに書き直した。評判が良くなって当然だった。 雪かきと同じだった。 雪が降れば僕はそれを効率良く道端に退かせた。”

引用:村上春樹著:ダンス・ダンス・ダンス(講談社)より

私はこのライティングの仕事を評した、一連の「文化的雪かき」の話こそが、ライターとしてのあるべき姿だと、今、感じています。

ライターはアーティストではない

ライターはアーティストではない

私がこの言葉と初めて出会ったのは大学生のころ。いわゆるヤレヤレ系という村上春樹的な主人公にあこがれがあった私は、とにかく村上春樹を読み続けていました。

当時も『なんとなく響きがかっこいい』くらいの感じで、気にはなっていましたが、このセリフの本質に気付いたのはやはりライターの仕事を始めてからでした。

ライターのようないわゆる制作者は、ときに自分のことをアーティスト、あるいはクリエイターだと自称することがよくあります。若かりし日の私もやはりその気質がありました。

しかし、大仰なコピーやひねくれた言葉遊びなど、独りよがりのテキストは、クライアントにハマればよいですが、大抵はハマらずに怒られるだけ。私も随分怒られました。

そんなときに、改めてこの一節を読むと、目からウロコが落ちるように、その意味が理解できました。

ライターの仕事を、穴を埋める文章を書く仕事と言ってしまうのはいささか寂しい気もしますが、たいていのライターの仕事とは、他の誰が書いてもよいものが実際はほとんどです。

もちろん、独自の味があったほうが仕事につながることは間違いありませんが、それは「Aがいい」ではなく「Aのほうがいい」でしかありません。

ライターに求められるのは、センスあふれる言葉遣いではなく、「僕」のいうように、求められている仕事を求められている納期で、確実にわかりやすく書くことなのだと思います。

だから私は、「僕」のように、クライアントの求めるものを、求めるように、納期を守って仕上げることを意識するようにしています。

「誰にでもできる」を誰よりも完璧にやるべし!


もちろん、求められているものを求められているように作ることには、それなりの技術が必要です。その技術を極めることは、並大抵の努力では実現できません。だから、このセリフを紹介しているからといって、「身の程を知れ」とか「卑屈になれ」と言っているわけではありません。ただ、技術や努力のベクトルがアーティストとは異なるということを伝えたいのです。

誰でもいいけど、誰かがやらなくてはいけない仕事。ライターという雪かきのプロとして、その中で選ばれるためにも、皆さんも「僕」のメンタルをぜひ実践していってもらいたいと思います。

また、ライター云々とは関係なしに初期の村上春樹は非常に面白いです。未読の方はぜひ読んでみてくださいね。

この記事を書いたライター

執筆者

じょん

一児の父でアラフォーライター。
Web制作会社にてライターとしてのキャリアを積みながら、副業ライターとして活動中。得意分野はエンタメ系。興味のある分野では作成する文章にも地が出がち。座右の銘は「ライターは文化的雪かき」。鈍く光る職...

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