【第1話】俺がBL?!相手は大スター

ここは、某テレビ局の会議室。
「コ」の時に並べられた長机とパイプ椅子の一番隅っこに座っている新人俳優の宮田勝利(みやた かつとし)は、大きく深呼吸をした。
今日は、秋の新ドラマの顔合わせ。プロデューサーやスタッフ、キャストなど、ドラマに関わる面々が一堂に会する重要な日だ。

『なんで俺なんだろう…』そう思いながら、勝利は今日に至るまでの展開を振り返ってみた。

勝利のマネージャー叶 麗(かのう うらら)が興奮した様子で勝利に電話をかけてきたのは、2か月前の5月頭のこと。


「勝利!あんた、連ドラの主役が決まったわよ!相手はなんと、あの明見久遠(あすみ くおん)!W主演のBL作品ですって!」

オフ日だった勝利は、前日深夜までバラエティ番組の収録をしていたこともあり、電話がかかってきた午後1時には、まだ深い眠りの中だった。
耳をつんざくような着信音に、スマホをミュートにしていなかった自分を呪いながら通知ボタンをタップすると、叶の絶叫に近い声が聞こえてきたのだった。

「何…?主演?」

ベッドに仰向けになり、ずり落ちそうになった布団を足に絡ませ、なんとか救済しようとしながら勝利は聞き返した。

「そう!ド・ラ・マ・の・しゅ・え・ん!」

興奮気味の自分と状況を呑み込めていない勝利との温度差にイラついたのか、叶の声がますます大きくなる。
勝利はたまらずスマホを枕の横に投げ出し、スピーカーをオンにした。

「あなた、ドラマ2作目にして主演なんて、こんなラッキーなことないわよ!しかも、明見久遠が直々にあなたを相手役に指名してきたのよ!これはまさに千載一遇のチャンスだからね」

まくしたてる叶の声を聞きながら、勝利はのそのそと体を起こし、ベッドの上で胡坐をかいた。
壁に立てかけてあるスタンドミラーに映る自分の姿をまじまじと眺める。
眠りについたのは朝の6時。

『ここ最近寝不足気味だったし、今日はもっとじっくり眠りたかったのにな…』なんてぼんやり考えていると、しびれを切らした叶がまた怒鳴る。

「ねぇ!勝利!あんた事態を把握してるの?今からあんたの家に行くからね!」といって電話を切った。

30分後、家に押しかけた叶から企画書を受け取った勝利は、ようやく事の重大さに気づいたらしく「えぇ~!!!」と絶叫した。

「でしょ。とりあえず、シャワーを浴びて着替えなさい。オフ日とはいえ大切な仕事の話なんだから、それなりの格好で気合を入れて聞いてほしいの」

中学・高校・大学とバレー部に所属していた体育会系の叶は、黒のTシャツにグレーのスウェットという寝間着姿のままの勝利には、仕事の話をする気になれないらしい。

確かに家の中とはいえ、生成り素材のパンツスーツの叶と、寝間着の勝利ではアンバランスが過ぎる。
勝利は言われるがままにシャワーを浴び、白のTシャツにグレーのスウェット素材のハーフパンツに着替えた。

「…さっきとどこが違うのよ。まぁいいわ。とにかく企画書を読んでみなさい」

1DKの勝利の部屋におかれているコンパクトソファに腰かけた叶が促す。
勝利は企画書に目を通した。

ドラマのタイトルは「星から来た彼」。
ひょんなことから地球に不時着した宇宙人・ムジカと、彼を助けることになった会社員男性・春樹のストーリー。
奇妙な同棲生活を続けるうちにふたりの間に恋が芽生えて…という展開らしい。
ムジカを演じるのは明見。勝利には、春樹役がオファーされている。

「企画会議の時点でムジカ役には明見が内定していたらしいの。で、明見にオファーしたところ、『相手役を宮田勝利にするのなら』という返答があったんだって」

こう言って叶は3分の1ほど残っていたペットボトルのミネラルウォーターを一気に飲み干した。
きっと昨晩もまた飲みすぎたのだろう。

「すげー話だな、と思っているけど…。麗さん。俺、今、喜びよりも戸惑いの方が勝ってる。なんで明見久遠は俺を指名したの?」

片手で企画書を持ち、もう片方の手で濡れた髪を拭きながら勝利はつぶやいた。
ソファの背もたれにもたれかかった叶は空になったペットボトルのラベルをはがしながら答えた。

「指名した理由は聞いていないから、あくまでも私の推測なんだけど、前のドラマのあなたの演技がよかったからじゃないかしら。あれ、業界でも評判になってるのよ」

勝利は大学2年生のときにスカウトされ、モデルデビュー。
その後雑誌やCMに起用されるにつれ、じわじわと人気が上昇。
最初はアルバイト感覚だった勝利も仕事をこなすにつれ、いわゆる「プロ意識」が芽生え、芸能界で名を残したい、と思うようになったのだった。

大学卒業後は芸能事務所「スタジオCLOUD」に所属し、俳優に転身。
すぐにデビュー作となるドラマ「初恋ノスタルジア」で主人公の弟役を演じ、ブレイク。
23歳という若さもあり、次回作が期待される中、今回のドラマのオファーが舞い込んできたのだった。

「そうかなぁ。明見久遠が、恋愛ドラマとか見てたのかなぁ。なんだかピンとこないなぁ」そう言いながら、勝利は企画書に再び目を落とした。


ここまで回想していた勝利は、隣の人に「緊張するよね」と話しかけられて我に返った。

声の主はベテラン俳優の正司晴彦。
若いころはアイドル俳優だったが、60歳となった今は名バイプレイヤーとして数々の映画やドラマで印象的な役をこなしている。
若いころから20㎏増量したらしいが、端正な顔立ちはいまだ健在だ。
どうやら正司は、うつむいたまま黙って目を閉じている勝利の緊張をほぐそうと、声をかけてきてくれたらしい。

「あ、はい。俺、いや、僕あの…まだ経験浅くて」

「大丈夫。前回のドラマ、見たよ。『初恋ノスタルジア』。素晴らしい演技だったよ。君はその涼しげな目で演技をするね。姉を思い、心配しているのに素直になれない弟の気持ちを視線で表現していたよ」

大先輩に手放しで褒められた勝利の顔がほころぶ。
実際、まだまだドラマ2作目の新参者の勝利は、ここにいる自分が場違いのような気がして気後れしていたのだ。

「あら、正司ちゃん、先輩風ふかしてるの?いやだわぁ」

そう軽口を叩いて会話に参加してきたのは、こちらもベテラン女優の如月静。
舞台出身の実力派だ。

「私も見たのよ、『初恋ノスタルジア』。演劇仲間の中で評判がよかったからね。で、はまっちゃった。仲間内でも話題になったのよ。『あの透明感のある新人、いいね』って。今回共演できるって聞いて、とっても嬉しかったのよぉ」

ショートカットに鋭い目つき、細身の体躯の如月は神経質な役どころが多いが、実際はおっとりとしたしゃべり方の穏やかな人物だった。

ただならぬ緊張感を察した大先輩が気さくに話しかけてくれたおかげで、勝利はようやく呼吸ができるようになった気がした。
実のところ、いくら深く息を吸っても酸素が足りていないような気がしていたのだ。

「ねぇ。今回のドラマ、とっても素敵じゃない?宇宙人と地球人の星を超えたラブストーリーなんて、なんだかとってもロマンチック。いいドラマにしましょうね」

「そうだねぇ。僕と如月ちゃんは、明見君と宮田君が住むアパートのオーナー夫妻としてふたりの恋を応援する役だからね。実際にも君たちをしっかりサポートするよ」

ふたりの温かい言葉に緊張が10分の1くらいほぐれた勝利は

「はい!がんばります!」

と答えた。


と同時に、誰かが「皆さん、お待たせしました!明見久遠さん、入られます」という声が聞こえてきた。


ー第2話へ続くー

この記事を書いたライター

執筆者

大中千景

兵庫県生まれ広島在住のママライター。Webライター歴8年、思春期こじらせ歴○十年。SEOからインタビューまで何でも書きます・引き受けます。「読んで良かった」記事を書くべく、今日もひたすら精進です。人生の三種の神器は本とお酒とタイドラマ。

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