【第2話】初対面は印象最悪!

会議室に明見久遠が入った途端、明らかに空気感が変わった…勝利はそう思った。

白いシャツに紺のジョガーパンツ姿で現れた明見は急いでいたのだろう、額にうっすらと汗をにじませていた。

ベリーショートの髪に小麦色の肌、意志の強そうな大きくて鋭い瞳は、見つめられると吸い込まれてしまいそうだ。

明見久遠は18歳のときに伝説のアイドルグループ「BE ON」のメンバーとしてデビューした。「BE ON」はわずか3年で人気絶頂のなか解散。明見は俳優に転身。
それから7年がたった現在は、「明見の出演作に外れナシ」といわれるくらい、出る作品すべて大ヒットする国民的人気俳優である。

実は勝利は、明見は冷たくてお高くとまっている、というイメージを勝手に抱いていた。
何か噂話を聞いたわけではないが、なんとなく「人気俳優は冷たいもの」と思い込んでいたのだ。それは、前作「初恋ノスタルジア」で、主人公の相手役を務めた男性に、存在を全く無視されていた経験がトラウマになっているからかもしれない。

だから、部屋に入って開口一番

「皆さん!お忙しいなか集まっていただいたのに…僕のせいでお待たせしてしまって、本当に申し訳ありません!」

と言って深々とお辞儀をした明見の姿に驚き、「嘘…」と小声でつぶやいてしまった。

「まあまあ、明見君が忙しいのは百も承知。これから僕たちも遅れることもあるだろうから、今回は不問に処す、でよろしいのではないでしょうかね。文字通り役者が揃ったんだ。自己紹介といきましょうや」

朗らかに正司が声を張り上げると、如月が拍手で賛同の意を示した。

ひとり、またひとりと拍手の波が広がり、その場にいる全員が拍手をすると明見は照れくさそうに頭を掻き、再度深々と頭を下げた。

「さぁ、座長から自己紹介、お願いしますよ」

という正司の声に促されて明見は大きく深呼吸して、こう言った。

「明見久遠です。この度、主人公のムジカを演じることになりました。BLドラマは初めてなのですが…。人を愛する気持ちに性別は関係ないと思います。視聴者の皆さんに、人を愛することの尊さを伝えられる演技ができればいいな、と思います。といっても僕が演じるのは、人ではなく宇宙人、なんですけどね」

ジョーク交じりの明見の自己紹介に、場は笑いに包まれ、その後の自己紹介も和やかに進んだ。
…ただ1名を除いて。

次々とリラックスムードで自己紹介が進む中、勝利は太ももの上でこぶしを握りしめ、下を向いていた。実は勝利は少なからず期待していたのだ。
先ほどの腰の低い謝罪や人当たりのよい笑顔を見て、明見が何かしら「宮田勝利」について言及してくれることを。少なくとも、アイコンタクトくらいはくれるのではないか、と思っていたのだ。
しかし明見は勝利を軽く一瞥しただけで、後はまったく気にもとめていない様子。

「指名したくらいだから、明見は自分をフォローをしてくれるはず」とちょっとした甘えがあった勝利は、期待外れの展開にすっかりうろたえてしまった。
そして、自分の番が来たときには

「あの…宮田勝利です。がんばります」

というのがせいいっぱいだった。
勝利が自己紹介をしている間、明見は宮田に目もくれず、資料を熟読していた。

「ねぇ、麗さん…俺、ほんとに今回やっていけるかなぁ」

勝利は叶が運転する車の助手席でこう泣き言を言った。

「何言ってるの。もう動き出したのだから、やりきるしかないでしょ」

まっすぐ前を向いてサングラスをかけている叶の表情は伺えないが、その口調は明らかにいらだっていた。

「だってさぁ。顔合わせのとき、明見久遠、こっちをチラリと見たきり、あとはフル無視だったんだよ。あっちから指名してきたのなら、何か一言挨拶してくれてもいいじゃん」

「…勝利から挨拶したの?『この度は指名していただきありがとうございます』とお礼は伝えた?」

痛いところをつかれ、勝利は言葉に詰まった。

「いや…だって明見久遠、忙しいみたいですぐに出て行ったんだよ」

「そんなの言い訳!明見久遠のほうがはるかに先輩なんだからあなたの方から挨拶するべきでしょ」

「うわぁ、体育会系マインドきっつ…。だって、前のドラマの時、俺が清瀬高人にどんな扱いされたか知ってるでしょ?何話しかけてもうんともすんとも言ってくれなかったじゃん。あんな態度されたら心折れちゃうよ」

「清瀬高人は性格悪いので有名じゃない。明見久遠は好青年だって評判よ。清瀬と明見はまったく別人なんだから、清瀬のケースを明見にあてはめて、勝手にとっつきにくいなんて思うのはよくないね」

そうこうしているうちに叶の車は勝利のマンションに到着した。
ようやく説教から開放される…とばかりにそそくさと車から降りようとする勝利の背中に

「とにかく、これはあなたにとって最大のチャンスなの。やらない、の選択はないわ。気合を入れてしっかりやりなさい」

と叶がはっぱをかけた。

「それに…」

「まだあるの?」

車を降り、振り返った勝利に、説教モードで叶は続ける。

「前回も言ったわよね?。これから顔合わせにそのスタイルはやめなさい。企業の面接じゃないんだから。モデルだったくせに、ほんっとダサいわね」

確かに、黒のスーツに白のカッターシャツ、濃い紺と水色の斜めストライプのネクタイを締めた勝利は、リクルート活動中の大学生と言われても違和感はない。

「仕方ないじゃん!どんな恰好で行けばいいのかわからないんだもん!」

走り去る叶の車に向かって勝利は叫んだ。

部屋に入りスーツを脱ぎ捨て、タンクトップにトランクスというリラックススタイルに入った勝利は、冷蔵庫からハイボール缶を取り出し、グイっと一口飲んだ。
それからソファに腰かけ、テレビの電源をオンにし、リモコンの動画配信サービスYouTubeのボタンを押し、「明見久遠」と検索し、ソファにリモコンを放り投げた。

画面にはアイドル時代の明見が映し出されている。
今よりもだいぶ幼い明見は、パステルピンクにスパンコールがついたスーツとフリルのついたブラウスに身を包み、「君の彼女になるにはどうしたらいいかな」と歌っている。
明見の所属していた「BE ON」のデビュー曲「エモーショナル・キッス」のMVだ。

今ではスッキリとした短髪だが、画面の向こうの明見の髪は、ウェーブがかかった耳までの長さだった。
画面に明見の笑顔がアップで映った。明見は勝利の方をまっすぐ見て

「ねぇ、きっとこれから君は僕のことを、もっと好きになるよ」

という。

「すっげぇイメージ変わったよな…」そうつぶやいて勝利はハイボールを飲み干し、空になった缶をテーブルへと置くと、ソファに手をついた。

そのとき、誤ってリモコンの「早戻し」ボタンに触ってしまったようだ。
慌てて再生ボタンを押す。
すると再び、明見のソロパートが画面に映し出された。
あどけない笑顔で、「僕のことをもっと好きになるよ」という明見。

画面に映る明見は、今のクールな明見とは全く正反対で、キュートでふわふわして、まるでコットンキャンディだ。

勝利はなんだか胸のざわつきを覚えて、電源オフのスイッチを押した。

うつ伏せでベッドに倒れ込み、枕を抱いてつぶやく。

「ねぇ、明見さん。なんで俺を指名したの?」

頭のなかで、先刻のアイドル時代の明見の歌がリフレインする。

「僕のことを、もっと好きになるよ」

その声をかき消すように、勝利は大声で叫んだ。

「俺、できるかなぁ!!!でも、やるしかないよな!!!」

この記事を書いたライター

執筆者

大中千景

兵庫県生まれ広島在住のママライター。Webライター歴8年、思春期こじらせ歴○十年。SEOからインタビューまで何でも書きます・引き受けます。「読んで良かった」記事を書くべく、今日もひたすら精進です。人生の三種の神器は本とお酒とタイドラマ。

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