【第10話】思い出を作ろう
あれから1か月。もう、薄手のアウターがなければ街を歩くのが寒い季節になった。
明見からはあの後、もう一度だけ電話があった。
そのときも、仕事の話や最近はまっているゲームの話など、他愛のない世間話を30分ほどして終わった。
明見はいつも、ゆっくりと話す。
一つひとつの言葉を大切に選んでいるようだ。
一方勝利は、話したいことが溢れすぎて、ついつい早口になっているのを自覚していた。
そうこうするうちに、勝利にも動画配信サービスのオリジナルドラマ出演のオファーが来て、忙しくなってきたのだった。
SNSではいまだ、“あすみや”の人気は衰えていない。
『星から来た彼』の後日談を描いた創作小説を投稿している人や、「聖地巡礼」と称してドラマのロケ地を巡って写真を撮り、それをアップする人が後を絶たない。
ハッシュタグのトレンド入りも続いている。
そんな状況に影響されてか、勝利のもとに、あすみやで写真集を出す話が舞い込んできた。
断る理由はない。勝利は1も2もなくOKした。
叶が「忙しくなるわね」と弾む声でいう。
どうやら彼女もあすみやの仕事が好きらしい。
写真集は閉園後の遊園地を貸切って撮影されることになった。
叶の車で現地に向かう勝利は、期待と不安でいつになく無口になってしまった。
「やっと会える」と思う反面、「そっけない態度を取られたらどうしよう」という不安。
早く現地についてほしいような、ついてほしくないような、落ち着かない感覚が常に勝利を襲っていた。
撮影場所となる遊園地は、1950年代に開業した老舗。
数年前にリニューアルされたが、古き良き昭和の名残はそのまま残っている。
観覧車やメリーゴーランド、ジェットコースターといったおなじみのアトラクションのほかに、昭和の街並みを再現した商店街エリアも設けられているので、映画の撮影に使われることも少なくない。
勝利は、ライトアップされたアトラクションを見て、胸が躍るのを感じた。
「ねぇ、麗さん、今度オフの日に遊びに来ようよ」
弾んだ声で勝利は言うが、叶は即座に断った。
「遊園地なんてごめんだわ。しずるくんと行きなさいよ」
それもそうか…などと思っていると、出版社の担当とカメラマンが勝利のもとへと挨拶にやってきた。
「今日はよろしくお願いします。もう明見さんも到着するそうなので、先にヘアメイクを済ませてもよいですか?」
神経質そうな細身の担当スタッフからそう告げられた勝利の胸が弾む。
やっと、明見に会える…。
「お待たせしました」
スタッフにそう声をかけながら明見が登場した。
鮮やかなブルーのシャツにオレンジ色のパンツがよく似合う。
無造作に流した髪が素敵だなぁ、なんてぼんやりと眺めている勝利は、淡いピンクのシャツにデニムというスタイルだ。
勝利の姿をみとめた明見は、優しくほほ笑んだ。
「久しぶり」
胸に甘い痛みがこみ上げる。喉が熱くなる。
勝利も笑顔で返した。
「お久しぶりです!」
残念だったのは、口の中が乾いてかすれ声になってしまったことだ。
撮影は順調に進んだ。
メリーゴーランドに乗る2人。
ジェットコースターに向かって手をつないで駆け出す2人。
お化け屋敷の前でポーズを撮る2人。
コンセプトは「真夜中の遊園地デート」らしい。
時折ヘアメイク担当の女性が「素敵」「エモすぎなんですけど」とため息を漏らすのが聞こえた。
その声を聞くと勝利は、「もしかして俺達って、はたから見ても超お似合いなんじゃないかな」なんて思ってしまって、ますます乗り気になるのだった。
ラストは観覧車での撮影だ。
観覧車に乗り込んだ明見と勝利は隣同士に並んで座り、その向かいにカメラマンが腰掛けた。
「観覧車に乗っている15分間、2人で自由に自然に会話してください。その様子を撮影します」
カメラマンがそういうと、明見はうなずき、勝利の方へと身を乗り出して、窓の外を見た。
勝利のこめかみに明見の息がかかる。
「久しぶりに乗ったよ、観覧車」
独り言ともとれる明見の言葉だったが、勝利は
「俺もです」
と返答し、明見と同じ景色を見やった。
さっきまで見上げていたジェットコースターや空中ブランコを今度は見下ろしている。
遠くには街のネオンが、まるで蛍のひかりのように小さく揺れている。
勝利は窓ガラスに映る明見の姿をそっと盗み見た。
目を細めて遠くを見ている彼の瞳からは、今どんな思いでいるのかは読み取れない。
でも、優しくほほ笑む口元を見ると、きっと楽しんでいるのだろう。
「不思議な気がする」
明見がまた独り言のように呟いた。
「この観覧車に乗っているのは俺たちだけで、ほかはただの空箱なんだな、って。それに、なぜか時がゆっくり進んでいるように感じる」
「そうですね」
勝利は窓に映る明見の顔から風景へと視線を移した。少しずつ少しずつ、地上が遠のいている。もうすぐ頂上だ。
「…ムジカは、どんな思いで地球から旅だったんだろう」
勝利が頭に浮かんだ疑問を口にする。
「思い出があれば幸せに生きていける」
明見が言った。
「え?」
体を窓の方へとむけていた勝利は、振り返って明見の顔を見た。
「ムジカはそう思ったんじゃないかな。幸せな時間を過ごせば過ごすほど、別れがつらくなるけど、でも、その幸せな時間が『思い出』という形に変わって、心の中でずっと生き続ける。自分の好きな時に、いつでもその思い出の世界に遊びに行ける。だから、大丈夫。俺なら、どうしようもない別れが待っていたら、そう自分に言い聞かせると思う」
勝利は再び窓の外を見た。
ーもし、この先二度と明見さんと会えなくなるとしたら、俺は明見さんとの思い出だけを胸に、毎日生きていけるのだろうか。
答えは「無理」だ。まだまだ思い出が少なすぎる。
もっと胸がいっぱい満ち足りるくらいの思い出を2人で作りたい。
ゴマ粒のように見えていた地上の人たちの姿かたちが徐々に明確になり、一人ひとりの表情も伺えるようになった。終着だ。
「お疲れさまでした」
この日のために残っていてくれた遊園地のスタッフが扉を開けてくれる。
まずはカメラマンが観覧車から降り、その後に明見が続いた。
最後に降りた勝利は乗降場所にとどまったまま、階段の下で待機しているスタッフに声をかけた。
「あのう、僕、もう1回だけ観覧車に乗りたいんですけどいいですか?ちょっと久々で楽しくて」
担当スタッフが笑顔で答えた。
「いいですよ!撮影がスムーズに進んだんで、時間はまだあります。なかなか遊園地なんて行けないですもんね。楽しんでください」
神経質そう、なんて思ったが、案外いい人なのかもしれない。
勝利はお礼を言うと、階段を半分まで降りたところでコチラを見ていた明見に声をかけた。
「明見さん、一緒にもう1回観覧車に乗りませんか?」
明見は笑顔でうなずいた。
自分でも大胆だな、と思う。
でも、思い出を作りたい、思い出すだけで幸せになれる、そんな瞬間を重ねていきたいんだ。
勝利はそう思った。
今度は2人は向かい合わせに座っている。
2人を乗せたゴンドラが、再び天空を目指して動き出した。
「ありがとう」
明見が勝利に言った。
「え?」
思いがけない言葉に驚く勝利に明見が続ける。
「もう撮影終わりかぁ、寂しいなぁと思っていたから。思いがけずこうやってもう一度観覧車に乗れて、ラッキーだ」
そう言って勝利にほほ笑んだ明見は、再び窓の向こうの景色に目をやった。窓の外には小さな光の集合体が、はるか遠くまで続いていて、終わりが見えない。
「勝利」
窓の外を見ながら、明見が優しく言った。
「まだ全然君のことを知らないけれど、でも、ひとつ君のことを知るたびに、あと百個、君のことを知りたい、そう思うから際限がないんだ」
明見はゆっくりと勝利の方を向く。
「それに、君の話を聞く時間がとても好きだ。どんなことでも、一生懸命、弾むような声で俺に報告してくれるのが嬉しい。どんな些細なことでも、共有したい、と思ってくれているんだな、と感じる」
「明見さん」
勝利も口を開く。
でも、声がかすれてうまく発声できない。
小さく咳払いをして、勝利は続けた。
「俺ね、最初、明見さんと恋愛する役なんてできるかな、と思ってました。だって明見さん、塩対応だったし、俺、実は恋愛経験ゼロだし。でも、明見さん相手だから、ちゃんと演技できたんだと思う」
如月の『正司さんだから辰之進に恋する演技ができた』という言葉を思い出し、それを伝えたいけれど、なんだかうまくいかない。
勝利は照れくさくなってうつむいた。
「俺、明見さんと会えて人生ハッピーになったけど、でも、思い出で生きていくには、まだまだ足りない。だから…」
勝利は再び明見の目を見る。
「俺は、もっと明見さんと思い出を作りたい」
勝利の唇に、温かく優しい感触が走る。
明見が勝利の腕をとり、自分の方へと引き寄せたかと思うと、身を乗り出し、勝利の唇に自分の唇を重ねていた。
勝利はそっと目を閉じる。
きっと今、2人を残して時間は止まっているのだろう。
こんな思い出が、これからももっと増えていきますように。
唇をそっと離して、明見は言った。
「そうだね。そうしよう」
どういう顔をして明見を見ればいいのかわからず、もじもじしている勝利を横目に、明見は再び窓の外を見て、呟いた。
「その思い出は、1人じゃなく、2人で振り返るようにしよう」
勝利はただ、「はい」と小さくうなずいた。
恋愛がうまくいくと、なんだか仕事も順調になるのはどうしてだろう。
新しいドラマの撮影もとても順調だ。
今度は、父親に虐待されて育った青年の役。
中学卒業後、父親のもとから逃げるべく一人暮らしをしながらアルバイトで食いつなぐなかで、色々な人と出会い、交流を図るヒューマンドラマの主人公だ。
なかなか難しい役どころだが、勝利の演技はおおむね好評で、叶も「なんか良くなったわよ」とほめてくれるくらいだ。
あすみやの写真集も無事出版され、異例のヒットとなったため、再びあすみやとしての仕事が増えてきた。
明見は忙しいらしく、プライベートではなかなか電話で話すこともできない。
しかし、仕事で会う機会はあるし、「2人の休みが合えば、どこかに出かけよう」と言ってもらえたので、寂しさを感じることはなかった。
ドラマの撮影も佳境に入ったある日、共演している俳優同士がスタジオの隅で会話している声が耳に入った。
「明見もいよいよ、だなぁ」
「こりゃ、あすみやのファンが荒れるんじゃないか」
「まぁでも、この2人は前から噂はあったしな」
何のことかわからず、でも、「明見」「あすみや」というワードが出たのが気になった勝利は、楽屋に入ってスマホで「明見久遠」と検索してみた。
すると、目に飛び込んできたのは
「明見久遠&七瀬ひかり 電撃入籍!ビッグカップル誕生」
という芸能ニュースだった。
ー第11話へ続くー
この記事を書いたライター
大中千景
兵庫県生まれ広島在住のママライター。Webライター歴8年、思春期こじらせ歴○十年。SEOからインタビューまで何でも書きます・引き受けます。「読んで良かった」記事を書くべく、今日もひたすら精進です。人生の三種の神器は本とお酒とタイドラマ。