【第7話】きっと、これが恋

テレビ画面の向こうのドラマは、ムジカの存在が正司と如月演じる大家夫妻にバレるところまで進んでいた。

「同居人がいるなら申告してもらわないと困る」という大家夫妻に、「記憶喪失になった弟を、訳あって少しだけ預かることになった」と苦しい言い訳をするタツキ。
最初は怪訝そうな顔をしていた夫妻だが、なんとか納得してくれた、というシーンだ。
勝利はこのシーンを取り終わった後の如月との会話を思い出していた。

「あなたたち、本当に素晴らしいペアね。お互いを思い合っているのがよくわかるわ」

スタジオの隅の壁に寄りかかり、次のシーンの予習をするべく台本をめくっていた勝利の側に来るなり、如月はそう言ってほめてくれた。

「ありがとうございます!でも、如月さんたちと一緒に仕事させていただいているおかげです。すごく勉強になります。正司さんと如月さんの息ぴったりの演技に僕、感動しちゃって」

台本を閉じ、勝利がそういうと、如月はフフッと笑ってこう言った。

「そりゃ、私たち、今でいう元彼、元カノだもの」

「えぇっ?!」

驚いて思わず大声を出した勝利の姿に如月は大笑いした。

「当時は週刊誌やワイドショーに取り上げられたこともあるんだけどね。2人が恋人同士のドラマを撮影してて、フィクションがノンフィクションになっちゃったの。まぁ、色々あってお別れして、今ではお友達だけどね」

「詳しく聞いちゃっていいですか?」

失礼かな、と思いながらも好奇心の方が勝った勝利にほほ笑みながら、如月はカメラチェックしている正司と明見の方を見やった。

「いいわよ。特別大サービスね。私と正司さん主演でね、時代劇を撮影したのよ。結構視聴率よかったのよ。私演じるツタという町娘と、正司さん演じる辰之進という陶工の悲恋モノでね。陶工ってわかる?陶磁器を作る人のことなの」

勝利は懐かしそうにほほ笑みながら語り始める如月の顔を見た。
如月の視線は勝利ではなく、明見と談笑している正司の方にむけられていた。
その柔らかな瞳は、もしかしたら今でも、正司に友達以上の感覚を抱いているのではないか…と思わせる。

「役に入り切っちゃった私たちはね、お互いに本当に恋してしまったの。おかげでとてもいい演技ができたわ。当時の私は『このドラマが終わったら女優を引退して正司さんと結婚するんだ』って信じていたの。でも、皮肉なもので、撮影が終わってドラマがヒットすると、もっと演技がしたい!っていう欲が芽生えちゃったのよね」

そう語る如月の口調に寂しさは感じられない。きっとその決断に後悔はないのだろう。

「如月さん、ちょっと変なこと聞いちゃうんですけど、それは、もしかしたら、役に恋していたのを現実と混同しちゃったというか、役に入り込みすぎた錯覚というか…そういうのだった、ってことはないですか?すみません、なんか嫌な質問になっちゃって」

如月は、言い訳しながらも遠慮のない質問をぶつける勝利に視線を向けて笑った。

「そうね。今思うとそうだったかもしれないわね。でもね」

そうして再び正司の方へと視線を戻す。

「正司さんが辰之進だったからこそ、現実と錯覚するほど役柄にのめり込んで、辰之進に恋したんだと思うわ」


テレビの向こうでドラマはどんどん進んでいく。

********

ある日曜、タツキはムジカと街を歩いているところを、同僚のサクラに見つかってしまった。
翌日、サクラはタツキに「あのいい男は誰か」とたずねる。
弟だ、というと「紹介してほしい」というサクラ。
渋るタツキだったが、サクラは執拗に食い下がる。
「弟なんでしょ?誰と恋愛しようがお兄ちゃんには関係ないじゃない!」
というサクラに思わずカッとしたタツキは「ダメだ!」と怒鳴ってしまう。

慌てて、「弟は今恋愛できる状態じゃない」と言い訳するタツキは「ムジカには自分以外の誰とも恋愛してほしくない」と思っていることを自覚するのだった。

ふたりの時間は穏やかに過ぎていく。
タツキはムジカへ自分の思いを告げることなく、ただこの生活がずっと続いてほしい、と願っていた。

********

放送分のドラマをすべて再生し終えた勝利は、そのまま布団へともぐりこんだ。
ドラマが始まってから、目まぐるしい毎日だった。

第1話放送の日は、朝から番宣として明見と2人で局のすべての生放送番組に出演した。
朝から夕方までさまざまな番組に出演し、その合間で雑誌のインタビューを受ける。
当然明見とゆっくり話す時間なんてない。

勝利は叶に指示されるがまま、あっちへ行き、こっちへ行きしていると、あっという間に1日が終わってしまった。

ドラマは放送されるやいなや、瞬く間に評判となり、明見と勝利のカップルは、ふたりの名字の頭2文字を取って「あすみや」と呼ばれるようになった。
ドラマの公式SNSでは、明見と勝利が撮影以外の時間も仲が良いことを連想させる写真を次々とアップした。
撮影の合間に2人ならんでディレクターチェアに腰かける明見と勝利の姿や、笑顔でお互いを見つめ合う姿。
明見が食べている弁当の唐揚げをつまもうとする勝利の姿など。
しかし、どの投稿も何のことはない、ドラマの宣伝担当に「次はこういう写真を投稿します」と言われた通りに動いただけだ。

それでも、勝利は楽しかった。
睡眠時間が2~3時間でも、早朝ロケや深夜に及ぶ撮影が続いても、明見が一緒だと、なぜだか勇気がもらえた。
そして何より、現場に行くのが楽しみだった。

「タツキと一緒だな…ずっと撮影が続けばよかったのに」

勝利は天井を見ながら呟いた。明日でクランクアップだ。

********

ある日、タツキの部屋にムジカと同じように黒いコートを着た男性がたずねてきた。
聞くと、ムジカの知り合いだという。
どうやらムジカを迎えに来たらしい。
しかし、ムジカは「タツキといたい」と帰るのを拒否した。
しかしタツキは気づいていた。ムジカが時々、苦しそうに咳込んでいること。
冷房をかけすぎると、みるみる唇まで紫になり震えるくらい、極端に寒さに弱いこと。
そう、地球はムジカにとって「合わない」環境なのだ。

このままだとムジカに生命の危険が及んでしまうかもしれない。
タツキはムジカに星に帰るように説得する。
しぶしぶ了承したムジカは、次の満月の夜に迎えが来ることをタツキに告げる。
お別れまでの数日間は、ムジカの願いを叶える日々だった。
フライドポテトを山盛り食べること。
映画館に行くこと。
水族館に行くこと。
そして最後の夜、2人でゆっくり過ごすことー。

「ねぇ、ムジカ。元気でね。君の世界にはフライドポテトも映画もないから、もしかしたら、ちょっと今までより毎日がつまらなくなるかもしれないね。それでも、幸せでいてね」

********

勝利はタツキのセリフを言いながら、涙が止まらなかった。このシーンを撮り終えると、撮影終了だ。タツキとムジカのように、明見との仕事も終わる。

明見が勝利の目を見つめて、勝利の頬をつたう涙を拭う。

「地球の人は悲しいときに、瞳からナミダを流しますね。私の瞳からナミダは出ませんが、もし、出せるのなら、私もタツキと同じくらい…いや、それ以上にたくさん流れていると思います」

「…好きだよ。ムジカ。ずっと好きだった。これからもずっと、君のことは忘れない」

「…私もです。私も大好きです。…。」

最後はささやくような、勝利にしか聞こえないセリフを言うと、明見はそっと勝利と唇を重ねた。勝利は心臓が大きく波打つのを感じた。
唇を重ねている間、手足がどんどんとしびれ、立っていられなくなりそうだった。

「カット!!お疲れ様!」

大木が涙声でそう叫ぶと、スタジオに大きな拍手が沸き起こった。
正司が明見に、如月が勝利にそれぞれ花束を渡す。
カットの声がかかっても、勝利の涙は止まらなかった。
大木も号泣しながら明見と勝利を抱き寄せる。

「最高だったよ!最高のドラマだった!ありがとう!ありがとう!」

勝利はチラっと明見の方を見た。
明見は泣きじゃくる大木の背中を笑いながらさすっている。

「ねぇ、これからも『あすみや』の仕事が続きそうなの」

ドラマの打ち上げが終わり、車で勝利を送っている叶が、突然思い出したように助手席の勝利に話しかけた。

「え?なんでまだ明見さんと仕事すんの?」

動揺を叶に悟られないように、スマホを開きながら勝利はそっけない返答をした。
耳まで赤らんでいる気がするが、これはアルコールのせいにできるだろう。そんな勝利の気持ちを気にも留めずに叶は続ける。

「あすみや、めちゃくちゃバズってるのよ。ティーン向け雑誌『Linda』の『今一番エモいカップル』であすみやがダントツで一番だったし。ドラマ放送後はSNSで毎回『#あすみや』がトレンド入りしているわ。だから、これからも雑誌のグラビア撮影がいくつか入りそうな感じ」

「わかった」

そういって窓の外を見たのは、顔がほころぶのを隠すためだ。

「多分、このドラマで勝利は跳ねたから、これからもオファーがどんどん来るはず。でもこれは、あくまでも、あすみやとしてのオファーだからね。ここからしっかりソロの仕事をつかんでいこうね。しっかりサポートするから、一緒にがんばりましょう」

叶の声も心なしか弾んでいる。

「うん。がんばるよ」

喜んだのもつかの間。あすみやの仕事は期間限定、終わりがあることを思い知らされた勝利は、胸が痛むのを感じた。
これもまた、叶に悟られないように努めて明るく返答する。

「それにしても、今日の打ち上げのレストラン、いいワインが揃っていたわね。それなのにハンドルキーパーはノンアルで我慢しなきゃいけないなんて、拷問だったわよ」

叶が悲痛な声で愚痴り始めた。

クランクアップ後、正司の行きつけのレストランで打ち上げが行われた。
勝利はなんとか明見と話がしたいと思っていたが、ドラマの主役と会話がしたい、と思っている人がひっきりなしに2人を囲み、口々にドラマの感想や演技論を語るものだから、そのチャンスは訪れないままお開きとなった。

「正司さんがまた一緒に行こうって言ってたから、そのときに麗さんも一緒に行けばいいよ」

と勝利が言い終わると同時に車は勝利のマンションの前に到着した。

「お疲れ様、次の仕事は一週間後、あすみやの雑誌インタビューね。それまでゆっくり休んでね」

そう言い残して叶は車を走らせた。
あの走りっぷりから察するに、おそらく一分一秒でも早く家に帰ってアルコールを摂取したいのだろう。
叶の車が見えなくなるまで見送ると、勝利はエントランスへと入っていった。

エレベーターに乗り込み、13階を押す。表示灯を眺めながら下唇をぐっと噛んだ。
ようやく13階に到着し、扉が開くと同時に駆け出し、部屋へと向かう。
鍵を開け、玄関に入り扉を閉めると勝利はその場に座り込んだ。
両手を組んで口元へと持っていく。
思い出したように心臓が再び高鳴るのを感じた。

「…私もです。私も大好きです。勝利」

明見はあの時、勝利に聞こえるか聞こえないかのような小さな声でそう言った。
少なくとも勝利にはそう聞こえた。

「…俺もです。明見さん」

勝利はそうつぶやくと、高ぶる感情が抑えきれず、声を押し殺して泣いた。


ー第8話へ続くー

この記事を書いたライター

執筆者

大中千景

兵庫県生まれ広島在住のママライター。Webライター歴8年、思春期こじらせ歴○十年。SEOからインタビューまで何でも書きます・引き受けます。「読んで良かった」記事を書くべく、今日もひたすら精進です。人生の三種の神器は本とお酒とタイドラマ。

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