縁もゆかりもない雪国へ配属

縁もゆかりもない雪国へ配属

全国紙の記者は、入社1年目に全国各地の都道府県にある支局・総局に飛ばされます。そこで6年程度修業を積み、本社に戻り「経済部」や「政治部」「社会部」などの部署に配属、専門的な取材ができるようになります。

私は入社1年目には青森支局の配属となりました。縁もゆかりのない雪国。津軽弁は聞き取れないし、冬には車は1晩ですっぽり雪に埋まるしと、なかなかハードな初任地でした。

新人記者は、事件や事故を取材する「警察担当」となります。はじめは、「夜討ち朝駆け」と言って、早朝や夜間に警察署の幹部クラスや情報を持っている関係者の自宅などへ行き、昼間、職場では聞けないような話を聞きに行くのが仕事です。また、昼間は警察署から出される事件や事故の発表文を記事化する仕事をします。

記事作成の基礎が学べる警察取材

記事作成の基礎が学べる警察取材

警察の発表文には、「日時」「容疑者の氏名」「事件概要」などが簡潔に記されており、それを記事化するための情報を追加取材で聞いていきます。報道対応は、各警察署の副署長。今思うと、地元紙の4社を含め、新聞社だけで8社もの新人記者からたびたび問い合わせが来る副署長は、その対応だけでも時間が取られてしまって大変だったことでしょう。

ただ、この発表文の記事化の作業は、ほかの分野の記事を書くにも大事な要素を学べます5W1Hをしっかり書くこと、そして、現場の状況が想像できるような詳細な情報を引き出すこと

例えば、交通事故の発表文の記事化であれば、発表文には書かれていない「路面状況はどうだったのか?」「信号はどちら側が青だったのか?」「道路の傾斜は?」などの現場の細かな状況を質問。事故の原因となりそうなこと、一般の読者に注意喚起できそうなことを引き出していき、記事化します。

1日に何本も送られてくる発表文は、原稿作成の基礎が学べる場だと、千本ノックのように構えてこなしていきました

「監禁王子」事件のジドリとは

「監禁王子」事件のジドリとは

警察担当は、大きな事件が起こると、現場に急行します。

入社1年目の5月、その事件の特殊さ、容疑者のキャラクターなどからしばらくテレビのワイドショーなどを席巻した「監禁王子」事件の容疑者が逮捕されました。北海道や東京で、2001年から2005年にかけて複数人の少女が男に監禁された事件です。少女にペット用の首輪をつけたり、「ご主人様」と呼ばせるなどして暴行を繰り返していました。

その監禁王子の出身地が、青森県の五所川原市だったのです。逮捕を受けて、本社から「容疑者の生い立ち、人となりを聞き取ってこい」「中学、高校時代の顔写真を入手せよ」との指令が飛んできました。

当時の報道は、容疑者の顔写真掲載は必須で、ライバル社よりもいかに早く顔写真を紙面に載せるかが重大ミッションでした。私は、支局の警察担当の先輩記者4人とともに、五所川原市へ急行しました。

監禁王子の生家の周辺の家々を1軒1軒、手分けして聞き取り取材します。こうした地道な現地での聞き取り取材のことを「ジドリ」と呼びます

いったいどんな幼少期を送ったらあんな事件を起こすような人物になってしまうのか。事件の原因究明につながることが聞けるかもしれない。初のジドリにドキドキしながら、一般の民家のインターフォンを鳴らし「あの~、監禁王子についてお聞きしたいのですが…」と切り出すと、容疑者のことは知らない、と空振り。

「ご近所の情報を多く知っていそうなお宅」はどこかと、軒先に民生委員の札がかかっているお宅を訪ねてみました。そのお宅は容疑者の幼少期のことを知っていて、当時の様子や身なりなどについて話してくれました(津軽弁は青森市よりもさらに難解でしたが…)。

さらにジドリを続けていると、たまたま監禁王子の中学時代の同級生と遭遇、中学時代の卒業アルバムを見せてもらい、監禁王子の顔写真を入手することができました。

さっそく携帯電話で顔写真を入手したことを報告すると、警察担当記者のリーダーである「県警キャップ」の先輩には、「嗅覚がすごいな」とほめていただき、その日から「ジドリのまっきー」の異名が付けられました。

数十人の取材が一つの記事に

数十人の取材が一つの記事に

その顔写真は、翌日の朝刊に掲載されました。また、記事の本文には容疑者の生い立ちとして、青森での幼少時代のことが書かれていて、私たち青森支局の記者がジドリで得た情報が全国版の記事となりました。

本社の社会部や北海道、そして青森の警察担当記者、数十人が関わって取材して、一つの記事に仕上げる。全国紙の取材記者の醍醐味の一端を担えて、嬉しかったのを覚えています。

どのようにして事件や事故が起こるのか。その問題意識から出てくる疑問を「知っていそうな誰か」に直接聞きに行く。どのように工夫して質問をすればその答えが得られるのかを考えながら取材する。

ジドリを含め、新人記者時代のこうした地道な取材で、取材ライターとしての基礎が身についたと思います。

今は、当時なかったSNSによって、事件や事故の現場の状況がすぐに拡散されるようになりました。手軽にいろいろなリアルな情報を得られる時代になりましたが、報道機関のニュースの裏側では、何人もの記者が問題意識をもって、直接現場に行って、人と会って話を聞きながら丁寧に取材を重ねているということは、知っておいていただきたいなと思います。

この記事を書いたライター

執筆者

まっきー

新聞記者出身。青年海外協力隊としてアフリカ・ニジェールで活動したり、素粒子物理学の研究所で広報をしたりと「未知の世界」への好奇心でいろんな場所に飛び込んできました。現在Mojiギルドのサイト運用を行っているMattoの社員。「文字」の大...

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