【第3話】「恋をする」ってどういうこと?!

「へえ~明見久遠ってそんな感じなんだぁ~」

高山しずるは自慢のアーモンドアイをいたずらっぽく輝かせ、ストローでアイスコーヒーをせわしなくかき混ぜながら、目の前に座っている勝利を見つめている。

「そう。もう俺、心折れそうなんだけど…」

しずるが手元も見ずにアイスコーヒーをかき混ぜるものだから、いつかグラスが倒れて大惨事になるのでは…と勝利はヒヤヒヤしながら相づちを打った。

高見しずるは、0歳から子役として児童劇団に所属し、20歳で「スタジオCLOUD」に入所、勝利とは同期になる。
ここ最近で話題作や人気作に立て続けに出演。
その中性的なルックスと確かな演技力で確実にファンを増やしている若手実力派俳優だ。
勝利のデビュー作「初恋ノスタルジア」では主人公の元カレを演じた。
勝利とはドラマの撮影中に意気投合し、いまや仕事の愚痴から人生相談まで、何でも話せるよき友人である。

2人が落ち合ったのは、住宅街にひっそりとたたずむ喫茶店「シャンティ」。
オープンから50年近くたつというこのお店は、古き良き昭和の香りが漂う、しずるいわく「最高にムーディー」な喫茶店だ。

天上にはシャンデリア、壁にはモネの名画「睡蓮」やシャガールの「街の上の恋人」のレプリカが飾られている。
少し低い猫足の木製テーブルと座り心地の良い赤いビロードの椅子。
控えめに流れるクラッシックのBGMが時間を忘れさせてくれる。
店内は白髪に口ひげをたくわえた「いかにも」なマスターがキッチンを、その妻らしき初老の品のよい女性がホールを担当している。

不思議なもので、平成生まれの勝利としずるだが、この店に入るとどことなくノスタルジックな気持ちになるらしい。
また、訪れるのは、2人のことはおよそ知らないであろう年配の常連客ばかりで、窓はすりガラスになっているため外から中の様子がほとんど見えないのも都合がよい。
以前、人気のカフェで2人が食事していたとき、店内から窓の外から街中の若者の視線とスマホの画面がこちらに向けられているのを感じ、いたたまれなくなってすぐに退散したのだった。

そんな2人の密会場所(?)とも言えるこの喫茶店は、しずるがジョギング中に偶然見つけたのだという。
蔦の絡まった壁と経年劣化した看板に惹かれたしずるは翌日店を訪れ、ミックスサンドとオリジナルブレンドコーヒーをオーダー。
その美味しさに感動し、また次の日に勝利を誘って再訪。以来、この店が2人の行きつけとなったのだ。

今回2人が会うのは実に1か月ぶり。

【勝利~おれ、久々に『シャンティ』のミックスサンドが食べた~い】

というしずるからのLINEで集合と相成った。
そして、席に座り、オーダーするやいなや、勝利は先日の顔合わせでの明見久遠の様子を愚痴り始めた、というわけだ。

「でもさ、勝利、これ、大チャンスじゃない?明見久遠のドラマなんて、当たるの確実じゃん。そんなドラマに主演できるなんてさ。それに、明見久遠の演技は、芸歴20年オーバーの大ベテランの俺が見ても一級品。勉強になるところは沢山あると思うよ」

運ばれてきたミックスサンドに手を伸ばしながら、先ほどとは打って変わって真剣な面持ちで、しずるが言う。

「うん。それはそうだな、って思う。たぶん、心折れた原因だって、実は俺にあるのはわかってる。『明見久遠からの指名』って聞いてたから、多分俺…。明見久遠に特別扱いしてもらえる、って言ったら大げさだけど、あっちから話しかけてくれたり、『一緒に仕事したかったんだよ』って、こうなんか、テンション上がる一言もらえたりすると思ってたんだよね。そしたら顔合わせの時、フル無視で。そのあとの本読みもさ…」

勝利はため息をつきながら、悪夢のような本読みの時間を思い出し、しずるに話し始めた。

「本読み」とは、ドラマ撮影前に出演者が集まり、台本の読み合わせを行う作業のことで、ストーリーの意識合わせを行う非常に重要な工程だ。
勝利は、先日の叶の助言通り、白の襟付きリネンシャツに濃いグレーのテーパードパンツという、就活の学生とはほど遠い格好で臨んだ。

本読み会場となるリハーサル室に入ると、すでに明見久遠は着席し、台本に目を通していた。
他には誰も到着しておらず、部屋には2人きりだ。
明見は黒のTシャツにジーンズというラフな格好だが、それでもスタイリッシュに見える。
勝利はなぜか自分の服装が野暮ったいような感じがして気遅れしたが、意を決して明見の隣に腰かけた。
が、思い直して明見の方を向いて立ち上がった。

「明見さん、あの、僕、宮田勝利です。あの、今回、明見さんにご指名いただき、このような素晴らしい機会をいただけて、感謝しています!ありがとうございます!」

しどろもどろながらも感謝の言葉を述べ、深々と頭を下げる勝利に見向きもせず、明見は台本をめくりながら

「お願いします」

と返答するのみ。その後の言葉が続かない勝利は、再び着席し、台本をめくることしかできなかったのだ。

「もう、その後もボロボロ。めちゃくちゃ勇気振りしぼって挨拶したのにそっけない態度取られて動揺してさ。噛みまくり、とちりまくり。正司さんと如月さんがフォローしてくれたんだけど、明見久遠からは明らかにイライラしたオーラが漂っててさ…。これから撮影なのに、俺、上手くできるかな」

ナポリタンをつつきながら弱音を吐く勝利に、しずるが言った。

「大丈夫だよ。絶対、上手くいくって断言できる」

「なんで?」

「明見久遠は、演技のプロ中のプロ。だから、撮影が始まったら、勝利に完璧に恋してるよ。態度で、声色で、視線で、仕草で、全身全霊でお前への恋心を伝えてくるはずだよ」

「…そんなもんかなぁ」

「そうだよ。それがプロなんだよ。だから、お前もさ、明見久遠に恋をするんだよ」

「…恋かぁ。俺、好きとかそういうの、いまいちよくわかんないや」

そういって勝利は窓の向こうに目をやる。

すりガラスに夏の日差しが乱反射して、道行く人がにじんで見える。
ニュースでは今日も猛暑日になる、と言っていた。
きっと店から一歩外に出ると、焼けつくような紫外線が攻撃してくるだろう。
考えただけで汗がにじむような気がして、勝利は目線をしずるに戻した。

「俺さ、今まで付き合った経験とかもないじゃん。女の子に告られても、『面倒くさい』が先立っちゃって、付き合おうとか思えないんだよね。胸がキュンキュンするとか、ドキドキするとか、わかんなくって。だから、明見久遠に恋しなさい、って言われても、どうしていいのかわからない。せいぜい、『恋するとこういう仕草をするんだろうな』『こういう言葉を言うんだろうな』っていうのをリサーチしてインプットしておくくらいだよ」

すっかり自信を喪失している同期を優しく見守りながら、しずるは言う。

「たぶん、人を好きになるとどういう感覚になるかって、人それぞれだから、俺が具体的にこうなるよ、とは言えないな。でも、わからなくなったら明見久遠を観察すればいいんじゃない?明見久遠の言動が、きっと、恋している人の言動だよ」

「う~ん…」

「でもね」

ここでふと、しずるが身を乗り出した。

「錯覚したらだめだよ。明見久遠は、勝利に恋してるんじゃないよ。勝利が演じる役柄に恋をするんだからね」

しずるはそういって、椅子に放り投げていたレザーのショルダーバッグからスマホを取り出し、時刻を確認する。

「あぁ、俺、もう行かなきゃ」

名残惜しそうなしずるに勝利は「仕事?」と尋ねた。

「そう。今から猛さんとYouTube撮るの」

猛さんとは、マルチタレントとして大人気の清原猛のことだ。
声優として人気を博した清原は、10代向けの朝の情報番組の司会に抜擢され話題となった。
明るい性格と筋肉質でがっしりとした体格、目を細めて大きな口を開け、豪快に笑う姿が印象的な彼は若者のお兄さん的存在として支持されている。

そんな清原のYouTubeチャンネル「猛ん家(ち)」も、10代~20代に大人気。
特に清原としずるが街ブラする企画が大好評なのだ。
なんでも塩対応のしずるとデレデレの清原のコンビが「推せる」らしい。

しずるが「猛ん家」に出演するきっかけとなったのは、清原のラジオ番組にゲスト出演した際、YouTubeでの共演を懇願され、軽い気持ちでOKしたこと。
それ以来、定期的にオファーが来るようになったそうだ。

「まぁ、楽しいからいいんだけどね。じゃあ俺、先に行くわ。撮影がんばって!」

そういってしずるは自分の飲食代の会計を済ませ、夏の光の中へと消えていった。

「あつくなるんだろうな…」

一人残された勝利は、シャガールの絵を見るともなく眺めながら、無意識に呟いた。


ー第4話へ続くー

この記事を書いたライター

執筆者

大中千景

兵庫県生まれ広島在住のママライター。Webライター歴8年、思春期こじらせ歴○十年。SEOからインタビューまで何でも書きます・引き受けます。「読んで良かった」記事を書くべく、今日もひたすら精進です。人生の三種の神器は本とお酒とタイドラマ。

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