【第4話】「星から来た彼」
ドラマ『星から来た彼』は屋外での撮影からスタートした。物語の始まり、勝利演じるタツキと明見演じる宇宙人のムジカの出会いのシーンだ
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ある夏の深夜のこと。会社員のタツキは同僚との飲み会を終え、家路を急いでいた。
いつものように公園を横切っていると、滑り台に人が横たわっているのを見つける。
最初は無視して通り過ぎようとしたタツキだが、どうしても見過ごせず、Uターンして滑り台へと向かった。そこには、黒ずくめの服を着た美しい男性が、目を閉じて倒れていた。
「…すいません。大丈夫ですか?」
と声をかけるタツキ。するとその男性はゆっくりと目を開き、言葉もなくタツキを見つめた。
『あぁ…とてもきれいな瞳だな』
タツキはその瞳をいつまでも見つめていたい、と感じた。
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明見がじっと勝利の目を見つめる。色素の薄い茶色がかった瞳は、どこか物憂げで、そして頼りなさそうに見えた。
演技ではなく本当に、その瞳をもう少し見つめていられたら、どんなに心地よいだろう…。
ずいぶんと時間がたってしまった気がした。勝利はふと我に返り、慌てて次のセリフを発した。
「…よかった。死んでなかった」
「はいカット!」
監督の大木が声をかけ勝利のもとにやってきた。
「勝利くん、いいね。さっきのセリフ、間がよかったよ。この調子でお願いします」
「あ、はい。ありがとうございます」
まさか一瞬明見の瞳に見惚れていてとも言えず、少々気まずい思いで勝利は返答した。
「いい感じだったわよ。なんていうか、普通の好青年って感じがよく出てる。神秘的な明見のムジカとのコントラストがいいわね」
ロケバスに戻った勝利にペットボトルのお茶を手渡しながら叶が言った。
「なによそれ。俺が平凡ってことじゃん」
とペットボトルを受け取りながら不満げに勝利は呟くが、内心まんざらでもない。やはり演技を褒められるとうれしいものだ。
飲み帰りという設定の勝利はスーツ姿だが、首元のボタンを開けたカッターシャツを腕まくりし、ネクタイは外している。とはいえ、暑い。
「宮田さん、メイクお直ししますね」
とヘアメイクの女性が声をかけてきた。メイクを直してもらいながら、勝利は叶に話しかける。
「麗さん、明見さん、すごいね。黒のロングコートに黒のズボンはいて、すげー暑そうなのに、汗ひとつかいてなくて、めちゃくちゃ涼しげだったんだよ。さすがだよ」
「ほんとに涼しかったんだと思いますよ」
ヘアメイクの女性が勝利の髪の毛をセットしながら会話に参加した。
「明見さん、シャツの上から保冷剤を養生テープで体中に貼り付けて、その上からコート着てるんですよ」
「何それ。涼しい通り越して冷たくなっちゃってるんじゃないの」
と叶が吹き出した。
「へぇ~可愛いというか、お茶目な所もあるんだね」
と勝利は呟いた。
「なんだか、明見さんがどんな人なのか、ますますわからなくなってきたや」
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「大丈夫ですか?」というタツキの声かけに、黒ずくめの男性は反応しない。じっと彼の顔を見つめているだけだ。
「もしも~し。もしかして日本語わからないのかな。ハロー?」
タツキがそういうと、男性は口を開いた。
「私の名前はムジカです」
「おぉ、喋れるんじゃん!ムジカさん?ムジカさん、何でここで寝てるの?僕と同じ酔っ払いですか?」
「わかりません」
「え?じゃあ、スマホとか持ってないの?家族に電話してみる?」
「…わかりません」
「じゃあ、住所は??この近くが家なの??」
「わかりません」
「まいったなぁ…。記憶喪失なの?だったら、捜索願とか出てるかもしれないから、警察に行った方がよくない?スマホとか盗まれたんだったら盗難届出した方がいいよ。俺、連れてってあげるよ」
タツキがそういってムジカに手を差し伸べる。その手を握り、ムジカは立ち上がった。
「じゃぁ、警察に行こう」
といってつないだ手を離そうとするタツキだが、ムジカは強く握ったまま離さない。
「手を放していいですよ」
戸惑いながらタツキがムジカの目を見て言うが、ムジカは手をつないだまま、にっこりと笑うだけだった。
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つないだ明見の手はとても冷たい。
『もしかして、ずっと保冷剤を握っていたのかな』と勝利は考えた。すると、なんだかおかしくなって、思わず笑みが込み上げてきた。
『あ、やべ。ここは戸惑うシーンなのに』
と思った瞬間、明見が話しかけてくる。
「私、面白いですか?」
そういうと、満面の笑みでこう続けた。
「あなたの笑顔、好きです」
アドリブで演技を続けてくれる明見。勝利もそれに応えるべくこう言った。
「え~…なんか照れるな。ねぇ、ムジカさん、お腹すいてない?俺、さっきまで飲んでたんだけど、なんか腹減ってきちゃった。警察行く前に軽くラーメン、食べに行きません?」
明見演じるムジカは、返答する代わりに、にっこり笑って勝利演じるタクミの手をさらに強く握った。
「いや~最高の出だしだったよ!」
ラーメン屋さんでのロケを終え、初日のスケジュールはすべて終了した。
大木は上機嫌で明見と勝利の肩を叩く。
「いや、宮田くんが思わず笑っちゃったシーン、カット出そうと思ったら、明見くんがとっさにつないでくれたでしょ。あれがよかった!結果的にファーストインプレッションで、お互いがどこか惹かれ合うというか…タツキがムジカの笑顔に魅了された…それがすごく伝わってくるシーンになったんだよね」
明見は興奮気味の大木に対して、冷静な笑顔で答えた。
「ありがとうございます。あの宮田くんの笑顔、すごく良かったんですよ。お互いが『あ、この人は敵じゃないんだな』って心を許したシーンにつながるな、って感じて続けさせてもらいました」
本当なら、戸惑いながらつないだ手をほどき、警察に向かう途中に空腹を覚えたタツキが、「ラーメン屋に行こう」とムジカに提案するシーンのはずだった。
「僕も…。すいません。僕のミスでこうなってしまったんですが、こっちのシーンの方が好きです。ふたりが直感で恋に落ちていくのを表現できたというか…」
と勝利が答えると、大木がニヤつきながら言った。
「もしかして、宮田くん、明見くんのあの笑顔に本気で恋に落ちたんじゃない?
じっとりとまとわりつくような夏の夜の空気と大木の思いもかけない言葉に、勝利は一気に汗が噴き出るのを感じた。
「え?!いや、そんな!滅相もない、というか、もったいないっす!!」
後ずさりしながら支離滅裂なことをまくしたてる勝利をほほ笑みながら見つめ、明見は言った。
「宮田くんが恋に落ちてくれたのなら、嬉しいな」
「え?!」
勝利の動きが止まる。心臓が激しく波打つ。
落ち着け、自分。落ち着かないと、鼓動の音が明見に聞こえてしまう…。
「宮田くんが僕に恋してくれたなら、演技がぐんとしやすくなる」
「だな!」
間髪入れず大木があいづちを打った。
「とにかく幸先がいいから気分もいい!これは素晴らしいドラマになりますよ。お二人とも、明日からもよろしくお願いします。さぁ、解散しましょう!」
じゃあ、と明見がその場を後にした。
明見の背中を追う勝利に叶が声をかける。
「私達も帰りましょ。明日も早いわよ」
あぁ…と勝利も明見に背を向け、歩き出した。
叶の車へと向かう道すがら、勝利は『演技がぐんとしやすくなる』という明見の言葉を思い出し、
「そうだよな。それしかないよな」
とひとり呟いた。ちょっと考えたら当然の言葉なのに、でもなんで、この言葉が引っかかってしまうのだろう。
ー第5話へ続くー
この記事を書いたライター
大中千景
兵庫県生まれ広島在住のママライター。Webライター歴8年、思春期こじらせ歴○十年。SEOからインタビューまで何でも書きます・引き受けます。「読んで良かった」記事を書くべく、今日もひたすら精進です。人生の三種の神器は本とお酒とタイドラマ。