【第6話】商談

ミツルは出社すると、社長のタカハシからのメッセージが印刷された紙を手に取る。

「ミツル君、最近の財務状況について報告がある。アイくんの導入で確かに作業効率は上がったが、予想以上に経費がかさんでいる。このままでは会社の赤字が膨らむ一方だ。経営を安定させるためには、新規顧客の開拓が必要だ。そこで、君に営業をお願いしたい。難しいかもしれないが、よろしく頼む」

ミツルは深いため息をついた。

(やっぱりか…。アイさんの能力は素晴らしいけど、それだけじゃダメなんだな)

彼は立ち上がり、窓際に歩み寄った。
外では、多くの人が通勤で行き交っている。

ミツルは、自分たちの会社の未来を思い描いた。
しばらくの間、ミツルは窓の外を眺めていた。
やがて、決意を固めたように深く息を吐き出す。

(よし、今日から本気で営業しよう。何としても新規顧客を獲得しなければ)

まだ誰も来ていない静かなオフィスで、営業先のリストを作り始めた。

ミツルが資料を整理していると、オフィスのドアが開く音がした。

「おはようございます、ミツルさん。今日は早いですね」

アイの声に、ミツルは少し驚いた様子で顔を上げた。

「ああ、おはよう、アイさん。アイさんも早い出社ですね」

アイはミツルの近くまで歩み寄り、彼の机の上に広げられた資料に目を向けた。

「何か急ぎの仕事はありますか?」

ミツルは少し躊躇したが、状況を説明することにした。
アイとの信頼関係を考えると、隠し立てするのは得策ではないと判断したのだ。

「実は、新規顧客の開拓に行かなければならなくてね。会社の経営状況が厳しくなってきているんだ」

アイは静かに聞いていた。
その表情からは感情を読み取ることはできないが、何かを深く考えているようだった。

「やはり、私が原因なのでしょうか?」

ミツルは驚いて顔を上げた。
アイの質問には、どこか自責の念のようなものが感じられたからだ。
確かに、以前働いていた工場はアンドロイドの導入で資金難になり倒産したと聞いていた。

その時の記憶を思い出したのだろう。

「いや、そんなことはない。アイさんのおかげで仕事の質は格段に上がっている。ただ、もっと多くの仕事を受注しないと、長期的に会社を維持するのは難しいだろう」

アイは黙って考え込んでいた。
その姿を見て、ミツルはアンドロイドとはいえ、アイが会社の一員としての責任を感じていることに気づいた。

「私にも何かできることはありませんか?」

ミツルは優しく微笑んだ。
アイの言葉に、彼は心を動かされた。

「ありがとう、アイさん。でも、営業は人間同士のやり取りが必要な仕事なんだ。俺がなんとかするよ」

その時、アカネとタツヤが出社してきた。

「おはようございまーす!」

アカネの明るい声がオフィスに響く。
彼女の笑顔は、少し重苦しい雰囲気を一瞬で吹き飛ばした。

「あれ?先輩、今日はどこかに行くんですか?」

アカネの鋭い観察眼に、ミツルは少し驚いた。
彼は立ち上がりながら答えた。

「ああ、ちょっと外回りがあってね。みんな、今日はよろしく頼むよ」

アイはミツルの背中を見つめながら、何か言いたそうにしていた。
その様子に気づいたアカネが、小声でアイに話しかける。

「アイさん、何か言いたいことあるの?」

アイは少し戸惑ったように見えたが、すぐに決意を固めたように顔を上げた。

ミツルがオフィスを出ようとしたとき、アイが声をかけた。

「ミツルさん」

ミツルが振り返ると、アイが真剣な表情で続けた。

「がんばってください。私たちも、ここでベストを尽くします」

ミツルは少し驚いたが、すぐに笑顔になった。
アイの言葉に、彼は勇気づけられた気がした。

「ありがとう、アイさん。じゃ、行ってくるよ」

オフィスのドアが閉まり、ミツルの足音が遠ざかっていく。


ミツルは電車に揺られながら、営業先の資料に目を通していた。
車窓の景色が流れていくのを横目に、彼は深い思考に沈んでいた。

(何としても新規顧客を獲得しないと。みんなのためにも、アイさんのためにも…)

ミツルの脳裏に、オフィスのみんなの顔が浮かぶ。
特に、アイの「がんばってください」という言葉が心に響いていた。

(アイさんも、少しずつ変わってきているんだな…。アンドロイドなのに、周りの気持ちを理解できるようになってきた)

電車が目的地に近づくにつれ、ミツルの決意は固くなっていった。
彼は資料をカバンにしまい、深呼吸をする。

(よし、行くぞ。この商談、絶対に成功させる!)

取引先で応接室に案内されたミツルは、担当者に色々な提案を行っていた。

「確かに小さいながら御社は実績もあるし、アナタからも誠実さは感じる。しかし、御社に依頼したいと感じる決定的な要素に欠けますね…」

担当者の言葉は正しい。
ミツルは必死に考えていた。
そんな時、朝のアイとのやりとりを思い出した。

「確かにWebのコンテンツを作る会社はたくさんあります。もっと実績のある会社もあるでしょう。しかし、弊社はアンドロイドと共に業務を進めることで新しいクリエイティブの形を追求しています。まだアンドロイドは導入したばかりですが、すでに1週間の作業量は20%増加し、今後もさらに効率化を促進できます」

ミツルの言葉に担当者が反応した。

「アンドロイドがWebコンテンツを作成しているのですか?私の知る限り、それは前例がない」

ミツルは微笑みながら答える。

「私も当初は同じ考えでした。クリエイティブな現場にアンドロイドを導入してうまくいくのかと。でも、彼女は慣れない仕事でも毎日コツコツとこなし、周囲とのコミュニケーションも大切にしています。その結果、彼女自身の作業量だけではなく、チーム全体でのコミュニケーションが増えて一人ひとり作業をこなせる量が増えました。彼女は、弊社の大切な仲間です!」

ミツルの言葉を聞いた担当者は、再び資料に目を通し始めた。

「アンドロイドと作るクリエイティブか、面白い会社ですね。私もアンドロイドには興味を持っていたので、まずは数記事からですが記事制作をお願いできますか?当社はメディアを複数営んでいるので、今後そちらも協力いただければ助かります」

担当者の言葉に、ミツルは笑顔で答える。

「ありがとうございます!今後ともよろしくお願いいたします!」

担当者は大きく頷き、言葉を続ける。

「ミツルさん、もしお時間があるようでしたら、今度そのアンドロイドと一緒に来てくれませんか?私もそのアンドロイドを見てみたい」

担当者はアイに大きな興味を抱いていた。

「承知しました。後日、あらためてご紹介いたします」

「その際、改めて契約内容についてお話させてください!」

ミツルは深々と頭を下げ、その場を後にした。


オフィスに戻ると、珍しくタカハシの姿もあった。

「ミツルくん、お疲れ様。すまないな急な仕事を振ってしまって」

タカハシの言葉に、ミツルは笑顔で答える。

「いえ、早速1件新規の契約が取れそうです!今度、アイさんと一緒に訪問することになりました」

ミツルの答えに、タカハシは驚いた。

「アイくんと一緒に?どういうことだ?」

ミツルは商談の内容をタカハシに説明し、アイが活躍したことも報告した。

「そうだったのか。新しいクリエイティブのカタチか…。それはいいコピーになりそうだな!」

タカハシが笑いながら答えると、ミツルも頷いた。

(もしかすると、アイさんは業務の効率化以上に大きなものを与えてくれるかもしれない)

そう考えながらデスクに戻り、ミツルは残りの仕事を進める。

「社長、明日もまた新規開拓行ってきますからね!」

「頼りにしているよ、ミツルくん!ハハハ!」

タカハシとミツルの会話はその場の全員が聞いていたので、皆声に出さなくてもニコニコしていた。
アイは笑うことはないが、自分が役に立ったことを知って安心した。

(良かった、これからもここで仕事ができるんだ…)


仕事が終わり、オフィスにはミツルとアイが残っていた。

「アイさん、まだ仕事終わらない?ちょっと量多かったかな?」

ミツルが心配して声をかけると、アイは首を横に振った。

「いえ、少しミツルさんとお話をしたいと思って」

アイの言葉に、ミツルは少し驚いた。

「話?どうかしましたか?」

ミツルが心配そうにアイを覗き込もうとした時、アイは立ち上がった。

「今日はありがとうございました。ミツルさんががんばってくれるおかげで、私、ここで働けます」

アイは前の工場での経験を思い出しながら言った。
できることなら、もう待機状態に戻りたくなかったからだ。

「アイさんのおかげで、ウチも新しい価値を作ることができました。今日の営業も俺1人だったら失敗していたでしょう」

ミツルが微笑みながら答えると、アイの頭の中に見たことのないプログラムが走る。

(このプログラムは何?私の知らないプログラムだ)

一瞬ボーっとしてしまったアイに、ミツルも気づいた。

「あれ?アイさんどうかしましたか?」

その言葉でハッとしたアイは、帰り支度を始める。

「いえ、何でもありません。今日のお礼も言えたので、お先に失礼します」

そう言ってアイはオフィスから出て行った。

(俺、何か変なこと言ったかな…?)

ミツルは1人首を傾げる。


夜、アイは新しいプログラムを呼び出していた。

(このプログラムは機械学習で学んでいない。でも、見ていると何だか落ち着く)

その時のアイには、まだそのプログラムの意味は理解できなかった。
その意味に気づいた時、アイはこれまで体験したことのない出来事を経験するとは、この時はまだ知らなかった。


ー第7話へ続くー

この記事を書いたライター

執筆者

湯澤康洋

ライター&ストーリークリエイター、SEO、電子書籍の出版代行。ときどきレコーディングエンジニア。累計1,000記事以上担当。ベーシストとしてバンド活動も行う。

詳細を見る

同じシリーズの記事を読む

タグ