【第7話】セールスライティング

タカハシ企画のオフィスは、朝から忙しさに包まれていた。
新規顧客の開拓に成功したので新しい仕事が増えたからだ。
社員たちがそれぞれの仕事に取りかかる中、ミツルはとある仕事の依頼書を見つめていた。

「アイさん、アカネ、ちょっと来てもらえますか?」

ミツルの声に、アイとアカネは顔を上げた。
2人は素早くミツルのデスクに向かう。

「はい、何でしょうか?」

「先輩、新しい仕事ですか?」

アカネは目を輝かせていた。
ミツルは2人の前に資料を広げる。

「実は、新しいクライアントからの依頼をお願いしたいんだ。セールスライティングの仕事なんだけど、2人にやってもらいたいと思って」

「セールスライティング?」

アカネが首を傾げる。

「セールスライティングは、商品やサービスの魅力を文章で伝えて、読者の購買意欲を高める文章のことだよ。Webメディアの記事のように情報を伝えるだけじゃなく、読者の心を動かし、行動を促すことが目的なんだ」

アイは静かに答える。

「承知しました。具体的にはどのような商品について書けばよいのでしょうか?」

「今回は新しく開発された健康サプリメントだ。ターゲットは30代から50代の健康意識の高い男女。原稿は1,000字程度で、夕方までに完成させてほしい」

アカネは少し緊張した様子で質問する。

「えっと、私たち2人で1つの原稿を書くんですか?」

ミツルは首を振る。

「いや、2人にそれぞれ別の原稿を書いてもらいたいんだ。アカネはビタミンのサプリ。アイさんには疲労回復に役立つアルギニンのサプリ」

アイとアカネは顔を見合わせた。
アカネの表情には少し不安が見えたが、アイはいつも通り冷静だった。

「わかりました。では、早速取りかかります」

アイが答える。

「セールスライティングは初めてだけど…がんばります!」

アカネも元気よく応じた。


アイは自分のデスクに戻るとすぐに、データベースからセールスライティングに関する情報を引き出し始めた。

(セールスライティングのフレームワーク…AIDMA(アイドマ)やPASONA(パソナ)の法則など、いくつかの選択肢がある)

アイは各フレームワークを分析し、今回の商品に最適なものを選択した。

(今回はAIDMAの法則が適している)

アイは淡々と文章を組み立てていく。

『毎日の疲れやストレス、体力の衰え…現代人の多くが抱える健康の問題。これらの症状は年々悪化し、あなたの生活の質を著しく低下させているかもしれません』

(問題提起ができた。次は、興味関心)

『慢性的な疲労は仕事の効率を下げ、ストレスは人間関係にも悪影響を及ぼします。それを解説するためには、疲労回復効果のある必須アミノ酸が効果的です』

(次は、欲求の可視化)

『忙しいという理由で、我慢していることはありませんか?もし疲労を回復して仕事効率が良くなれば、残業時間を短縮して家族や趣味に十分な時間が割けるでしょう』

(次は、記憶させる)

『疲労回復サプリは高額なものが多いですが、【毎月2,000円で疲労回復】ができるなら長期的に続けやすいですよね』

(最後に、行動を促す)

『そんなあなたに朗報です。新開発のサプリメント【アルギニスト】が、あなたの回復力をサポートします。毎日たった1粒で、ライフスタイルを変えてみませんか?』

アイは文章の土台を作成し、その後は情報を集めながら微調整していく。

(読み返してみても、不自然な点はなしと。過去の例と比較したけれど、フレームワークも正しく使えている)


一方、アカネは机に向かいながら、困惑した表情を浮かべていた。

(うーん、セールスライティングか…どう書き始めればいいんだろう…)

アカネは何度か書き始めては消し、また書き始めるを繰り返していた。

(そうだ、私が顧客だったら、このサプリを買う前にどんなことに悩んでいるかな)

アカネは自分自身を顧客に置き換えて考え始めた。

『健康って大切ですよね。ビタミンが不足すると疲れやすいし、肌や髪も乱れて印象が悪くなってしまいます。それはわかっていても、忙しい毎日の中では正しい食生活やビタミンの摂取は難しいのが現実です…』

アカネは自分の経験を思い出しながら、文章を紡いでいく。

『そんなあなたに、簡単で効果的な健康サポートの方法があります。それが【ビタフォース】。毎日たった1粒で、各種ビタミンがあなたの健康をがっちりサポート!』

(うん、これなら読んでみたいかも。でも、もっと具体的に書かないと…)

『ビタフォースには、1粒の中に疲労回復や美肌に効果的なビタミンB群、体力増強のためのコエンザイムQ10が豊富に含まれています。すべて天然由来の成分なので、年齢を問わずに安心して続けられます。毎日手の込んだ料理を作るのは難しくても、サプリを1粒摂取するのは継続できますよね。しかも、1日あたり70円で体に必要なビタミンを毎日摂取できます』

(買った後にどうなるか知りたいから、ここに購入者の声を入れてっと)

アカネは自分が書いた文章を読み返す。

(これならちょっと興味が湧いてくるかも。でも、もう一押しが必要かな…)

『今なら期間限定で30日分が20%オフ!さらに、継続購入で毎月10%オフになります。ムダな医療費を払わなくて済むように、あなたの健康を守るための投資を始めませんか?』

アカネは満足げに頷いた。

(うん、医療費なんて払いたくないから、これなら私も買ってみたいかも!)


夕方になり、ミツルが2人のデスクを訪れた。

「お疲れ様、2人とも書き上がった?」

アイとアカネは同時に頷いた。

「はい、完成しました」

アイが答える。

「なんとか書けました!」

アカネも笑顔で応じる。
ミツルは2人の原稿に目を通し、満足げな表情を浮かべた。

「2人ともよくできてるね。アイさんの文章は論理的でわかりやすい。きちんとフレームワークを使っているのがよくわかる」

アイは静かに頷いた。

「アカネの文章は読者の気持ちに寄り添っていて、親しみやすい。この原稿を読んでいて、すぐに試してみたくなったよ」

アカネは嬉しそうに微笑んだ。

「2人とも本当によくがんばったね。これならクライアントも満足してくれるはずだ。今後もセールスライティングは定期的に入ってくるんだけど、大丈夫そうかな?」

ミツルの言葉に、アイとアカネは互いに顔を見合わせた。
アカネは嬉しそうに笑い、アイも首を縦に振る。

「ありがとうございます」

アイが静かに答える。

「やったー!がんばってよかった!」

アカネは喜びを隠さない。
後ろからタツヤがミツルに声をかける。

「ミツルさん、俺は…?」

ミツルが振り返り、タツヤに答える。

「タツヤは今やっている特化ジャンルを極めてほしいかな。あれこれやるよりも、特化していたほうがタツヤも書きやすいだろう?」

タツヤはホッと胸を撫でおろした。

「良かった…。俺役に立たないのかと思って心配になっちゃって…」

タツヤが心配性なのはミツルもよくわかっていた。

「タツヤもこの会社に必要だって前にも言っただろう?それに、特化型のライターがいると他社との差別化になるから助かってるんだぞ?」

タツヤの肩に手を置きながらミツルが言う。
ミツルは3人の成長を肌で感じていた。
安心して仕事を任せられるライターがいるからこそ、顧客にいい提案ができる。

「じゃ、お先に失礼しま〜す」

「先輩、お先に失礼します!」

「お先に失礼します」

3人がオフィスから出ていき、静かな時間が始まった。


夜遅くなったオフィス、蛍光灯の光だけが静かな空間を照らしている。
デスクに向かうミツルの姿だけが、この静寂を破っていた。

ミツルはあるファイルを開いた。
ファイル名には『アイレポート』と書かれている。
ミツルは、今日の出来事を振り返りながらページに入力を始める。

『7月11日。今日、アイさんにセールスライティングの仕事を依頼した。初めての経験にも関わらず、非常に効率的に作業を進めていた。AIDMAの法則を使用し、論理的な文章を構築していた点が印象的だった』

ミツルは少し考え込んでから、さらに書き続けた。

『アイさんの行動で気になった点が1つある。アカネが苦戦している様子を見て、何度か視線を向けていたこと。以前なら、自分の仕事に集中するだけだったはずだ。他者への関心が生まれているのかもしれない。また、完成した原稿をアカネと見せ合う場面があった。アイさんは珍しく自分から話しかけ、アカネの原稿について意見を述べていた。“顧客の感情に訴えかける文章で、とても魅力的です”と言っていたのを耳にした。これは、アイさん自身にはない視点を評価できるようになったということだろうか』

ミツルは入力を止め、天井を見上げた。
アイの小さな変化の一つひとつが、ミツルの関心を高めている。

(アイさんは、確実に変わってきている。でも、それは本当に良いことなのだろうか…)

彼は再びパソコンに向かった。

『私は時々、アイさんの存在意義について考えることがある。彼女は単なる効率化のツールなのか、それとも私たちの仲間なのか。最初は前者だと思っていたが、日に日に後者になっている』

『アイさんの成長は、私たちの仕事に大きな影響を与えている。効率は上がり、新しい視点も得られる。しかし同時に、人間の仕事が奪われる可能性も否定できない』

『それでも、アイさんとの関わりを通じて、私たち人間も成長している気がする。アカネの文章力が上がり、タツヤのコミュニケーション能力も向上している。私自身も、リーダーとしての在り方を常に考えさせられる』

『アイさんは、私たちに何を教えてくれているのだろうか。人間とアンドロイドの共存の可能性?それとも、人間性の本質?』

ミツルは入力を終えて、深くため息をついた。
答えの出ない問いに、彼の思考は巡り続ける。
ミツルは立ち上がり、コートを手に取る。
オフィスを出る前に、アイのデスクを見つめた。

(アイさん、君との仕事が楽しみだよ)


そう心の中で呟き、ミツルはオフィスを後にした。


ー第8話へ続くー

この記事を書いたライター

執筆者

湯澤康洋

ライター&ストーリークリエイター、SEO、電子書籍の出版代行。ときどきレコーディングエンジニア。累計1,000記事以上担当。ベーシストとしてバンド活動も行う。

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