【第3話】読まれない記事

「ミツルさん、先ほどの案件が終わりました。次は何をしますか?」

アイはいつものペースで仕事をこなしていた。

「アイさん、ありがとうございます。そしたら、次は商品のまとめ記事を作成してください。マニュアルはこれです」

ミツルがアイに伝える。アイが来てから、タカハシ企画の生産性は向上している。
皆、以前のように遅くまで残業することも少なくなってきたので、気持ちに余裕が出てきた。

「わかりました。すぐに着手します」

アイはデスクに戻り、マニュアルに目を通す。
そんなアイの隣で、アカネは頭を抱えていた。

(あぁ、全然わからない…。どんなタイトル付けたらクリック率上がるの…)

アカネはWebライターとして一通りの仕事はできるものの、自分の書いた記事の成果に悩んでいた。

(この記事もこの記事も、全然アクセスが集まってない…。なんで…)

Webライターは記事を作るのが仕事だが、作った記事が読まれなくては意味がない。
読者がその記事を読むかどうかは、タイトルが大きく関係している。
しかし、アカネの付けたタイトルはあまりクリックされていないのが現状だ。

(ちゃんとキーワードを左に寄せてタイトル考えて、順位も10位くらいにはいるんだけどな…)

そんなアカネの隣では、アイが黙々と次の記事を執筆していた。

(アイさんは悩むなんてことないんだろうな。私、アイさんよりもキャリアが長いのに何やってるんだろう…)

そんなことを考えていたら、アカネの手は完全に止まってしまった。

「アカネ、どうかした?」

アカネの様子が気になったミツルが声をかける。

「あ、いや、大丈夫です!ちょっと考え事してて…」

アカネが慌ててミツルに返すと、ミツルはアカネに言った。

「少し休憩してきたらどうだ?頭を休めるのも大事な仕事だぞ?」

記事を作る大変さを知っているミツルは、アカネを気遣った。

「そうですね…。ちょっとコーヒーブレイクしてきます!」

そう言ってアカネは席を立った。


自動販売機でアイスコーヒーを買い、アカネは屋上に向かう。
少しでも気分転換がしたかったからだ。
ドアを開けて屋上に出ると、強い日差しがアカネを照りつける。

(暑っ!今日はこんなに暑かったんだ)

日陰になっているベンチに移動し、アカネはコーヒーを開けた。

(売れっ子のコピーライターやコラムニストって、どうやって読者の興味を集める言葉を見つけてるんだろう)

コーヒーを飲みながらアカネは考えていた。

(私にセンスがあるとは思っていないけど、このままじゃいくら記事を書いてもクライアントの役に立てない…)

コーヒーを伝う水滴が、アカネの膝に落ちる。

「くよくよ考えてても答えなんてないよなぁ。よし、がんばろう!」

そう言ってアカネはオフィスへと戻っていった。

「すいません、戻りました!」

そう言ってアカネは席に戻る。
そして、改めて上位表示されているWebサイトを一つひとつ確認していく。

(同じようにキーワードは私も入れてるんだけどな…)

ふとアカネはアイを横目で見る。
アイは変わらず仕事に集中していた。

(こんな時、アイさんだったらどうするんだろうな)

悩んだ末、アカネは1つのタイトルを付けてミツルに意見を求めた。

「先輩、記事が完成したので確認してもらえますか?」

ミツルがアカネのデスクまで来る。

「いいよ」

ミツルは静かに記事を読み進めた。

「うん、全体的にいいんじゃないかな!これで提出しよう」

ミツルから承認が出ても、アカネは一安心とはいかなかった。

(この記事も反応が薄かったらどうしよう…)

そんなモヤモヤした気持ちを晴らすため、アカネは昼食後に外の公園に向かった。


今日は気温が高いから公園で遊ぶ子どももいない。

木陰のベンチに腰をかけ、アカネはフーっと大きなため息をついた。

(ライターの仕事はただ記事を書くことじゃない、クライアントの集客や売上に貢献することなのに)

なかなか成果の上がらない現状に、アカネは焦っていた。
そんな時、後ろから声がした。

「アカネさん、こんな場所でどうしたんですか?」

振り返ると、そこにはアイが立っている。

「あ、アイさん。ちょっと考え事してたんです」

いつも明るいアカネだが、この時ばかりはそうはいかない。
様子の違うアカネを見て、アイはアカネの隣に座った。

「アイさんはどうしてここに?」

アカネが尋ねると、アイは静かに答えた。

「まだ会社の周辺のことを把握してなかったので、時間がある時に周囲を散策しているんです」

知らないことがあるのはアンドロイドにとっていい状態ではない。
そのため、アイは自分で周辺の情報を集めていた。

「あ、入社したばかりだからそうですよね。ごめんなさい、周辺の案内ができてなくて」

アカネの言葉に、アイは首を横に振った。

「アカネさんも休憩中はゆっくりしたいでしょう?だから、大丈夫ですよ」

アイの声は、いつも落ち着いていて心地が良い。

「少し元気がないようですが、何かあったんですか?」

アイの問いに、アカネは答え始める。

「最近、記事のタイトル付けに悩んでいるんですよ。私の記事、あまり読まれていなくて…。私なりに競合サイトを調べて、メインのキーワードや関連キーワードもちゃんと入れてるのに」

アカネの悩みを、アイは静かに聞いていた。

「1年もライターしてるのに全然成長できてないなって感じちゃって…私、ライターに向いてないのかな」

少しずつアカネの言葉が小さくなっていく。

「あ、ごめんなさいこんな話しちゃって!こんなの私らしくないですよね」

アカネが慌ててアイに言うと、アイは静かに口を開いた。

「アカネさんはいつも周囲に気を配っていらっしゃいますよね。そういう姿勢、素晴らしいと思っています。その気持ち、きっと読者にも伝わると思いますよ」

アイはそう伝えると立ち上がり、また周囲の散策を続けた。

(読者への気配りか…)

アカネは地面をぼんやり見つめながら考えていた。

(そういえば私、競合サイトやキーワードのことばかり考えていたな)

アイの言葉で、アカネは大事なことに気づいたのだ。


午後になって、おのおの仕事を再開した。
アカネもいつものように次の記事の資料を探し、仮タイトルを見つめていた。

(この記事、在宅ワークにおすすめのBGMを紹介しているんだよな。私が読者だったら、どんなBGMを聞いたら作業効率が上がるのか知りたい)

そう考えたアカネはタイトルを差し替え、記事制作を進める。

(ただおすすめの曲を網羅するだけじゃダメだ。なんでそのジャンルがおすすめなのか伝わらない)

そうして完成した記事は、アカネがこれまで作ってきた記事とは少し異なっていた。

「先輩、確認お願いします」

ミツルに声をかけ、完成した記事を確認してもらう。

「いつもと少しテイストが違うね、でも、こっちの方がよりわかりやすいかな。それに…」

ミツルの言葉が止まり、アカネは慌てた。

「変なところありましたか!?」

アカネが不安そうに尋ねると、ミツルは笑って答えた。

「違う、タイトルがいいなと思って。これなら読者は気になって記事を読んでくれると思うよ」

アカネが付けたタイトルには、「在宅ワークにおすすめなBGMはホワイトノイズ」という文があった。

ホワイトノイズはテレビの砂嵐のような「ザーザー」という音だ。

アカネの記事では、一般的な音楽よりもホワイトノイズの方が集中力が高まる理由を解説し、その中でもおすすめの音を紹介している。

「意外性があるタイトルだし、本文にその理由も明確に解説されているからとてもいい記事だと思うよ」

ミツルの言葉に、アカネはやっと胸をなでおろした。

「私の記事があまり読まれていないことを気にしていたんです。でもその理由が少しわかりました。私、競合サイトや分析データばかり気にして、読者のこと全然考えてなかったなって」

アカネの言葉を受けて、ミツルは納得するように頷く。

「今日、アイさんとお話した時に、私は気遣いができると言ってもらって。その時に、読者に対して気を配れていなかったなってわかったんです。だから、読者だったら知りたいことを考えて、今回の記事を作りました」

アカネが作る記事のタイトルは「〇〇とは?」という言葉のように疑問形が多かったが、今回はタイトルで結論を述べている。

「なるほど。そんなことがあったのか」

ミツルはアイの意外な言葉に少し驚きつつ、アカネをねぎらう。

「これでこの記事は提出しておくな。アカネ、ありがとう」

そう言って、ミツルは自分の席に戻った。
アカネはアイのデスクに向かう。

「アイさん、きっかけをくれてありがとう。まだまだだけど、これからもがんばるね!」

アイはアカネの言葉を聞いて答える。

「私は事実を述べただけですから。でも、少しでもお役に立てたのなら良かったです」

そうして、その日の仕事も無事に終わる。

「僕、観たいテレビがあるからお先に失礼します」

マイペースなタツヤが足早に帰宅していった。

「先輩、私たちも帰りますね!お先に失礼します!」

「お先に失礼します」

そう言ってアカネとアイもオフィスを出ていく。
静かになったオフィスで、ミツルは今日の出来事を思い出していた。

(もっとアカネにアドバイスしてあげるべきだったな。でも…アンドロイドに悩み相談をする時代か。アイさんは人の感情を理解できるようになるのかな)

アイを取り巻く出来事は、ミツルがこれまで経験したことない出来事ばかりだ。

だからこそ、仕事を円滑に進めるためには、もっとアイのことを理解しないといけないなと感じていた。

(一度じっくり話を聞いてみるか)

そう考えたミツルは、予定表に何かを記載してからオフィスを出た。


ー第4話へ続くー

この記事を書いたライター

執筆者

湯澤康洋

ライター&ストーリークリエイター、SEO、電子書籍の出版代行。ときどきレコーディングエンジニア。累計1,000記事以上担当。ベーシストとしてバンド活動も行う。

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