【第4話】面談

オフィスの窓から差し込む日差しが、ミツルのデスクに置かれたコーヒーカップを照らしていた。

ミツルは静かに深呼吸をして、心の準備をする。
ミツルは席を立ち、アイのもとへ向かった。

「アイさん、ちょっといいですか」

ミツルが穏やかな声で呼びかけると、アイは黒髪をなびかせて振り返る。

「はい、どうかしましたか?」

アイは突然の問いかけにも動じず、いつもの口調で答えた。

「少し時間ありますか?アイさんにお話があって」

「はい、大丈夫です」

そんなやりとりをし、2人は休憩室へと向かった。
休憩室のドアが閉まると、アカネはタツヤのほうを見る。

「何かあったのかな?」

アカネの問いに、タツヤはうーんとうなってから答える。

「クレームでもなさそうだし、よくわからない。俺には関係なさそうだからいいけどさ」

タツヤはそう言ってパソコンを操作し始める。

(珍しいな、先輩が個別に声かけるなんて。)

アカネは2人が気になりつつも、自分の仕事に戻った。


「忙しいところすみません、座ってください」

ミツルは優しく微笑みながら、向かいの椅子を指さした。
アイが静かに腰を下ろすと、ミツルはゆっくりと話し始めた。

「特に問題が起きたとかではなくて、今日は少しアイさんの話を聞かせて欲しいんです」

ミツルの言葉にアイは首を傾げた。

「私の話ですか?どういう意味でしょうか?」

ミツルは眼鏡を少し上げながら答えた。

「アイさんがどんな経験をしてきたのか、どんな考えを持っているのか。そういったことを知りたいんです。恥ずかしながら、俺はアンドロイドのことをよく知らないので。これから一緒に働いていくために必要かなと思ったんです」

ミツルの言葉にアイは頷き、答える。

「わかりました。私にできる範囲でお答えします」

ミツルはペンを手に取り、ノートを開いた。

「まず、仕事の方はどうですか?楽しいか聞くのは違うとは思うんですが」

アイはタカハシ企画に来てからのことを思い出す。

「仕事は問題なくこなせていると思います。ミツルさんやアカネさんは優しいですし、タツヤさんに何か言われることもありません」

タツヤはアイの入社当初は脅威だと感じていたが、今では職場の仲間としていい意味で気にせず仕事に打ち込んでいる。

「それは良かった。やりにくい点や難しい点もありませんか?」

「はい、ライターとして働くのは初めてですが、特に難しいと感じる点はありません」

アイは淡々と回答していく。

「やっぱり凄いですよね、ライター初心者が正しい文章を書くのって難しいのに。『〜することがあります』のように冗長表現になったり、主語と述語がねじれてしまったりしやすいけれど、アイさんにはそれがない」

ミツルはアイの文章力を改めて評価した。

「ありがとうございます。ここに来る前に基本的な文章の書き方は学習してきたので」

アイの回答に、ミツルのペンが一瞬止まった。

「前は工場で働いていたと言っていましたよね?ここに来るまでの経緯をもう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」

ミツルが顔を上げてアイに言うと、アイは目を閉じて話し始めた。

「タカハシ企画に来る前は、ある工場で働いていました。そこでは出来上がった製品の検査を担当していました」

ミツルは静かにメモを取る。

「その時の工場は大規模だったので、私以外にも数多くのアンドロイドが製造や検査を担当していました」

「その工場での仕事はどうでしたか?」

ミツルが興味深そうに尋ねた。

「はい、私は外見のチェックと寸法の確認担当でしたが、とても効率的でした。でも…」

アイは一瞬言葉を詰まらせた。

「でも?」

ミツルがペンを止めてアイの顔を見上げる。

「私たちは決して安くはありません。私たちを導入した費用を回収しきれず、工場は倒産してしまいました」

アイは少しうつむいた。

「それは辛い経験でしたね」

アイは首を横に振る。

「私には辛いという感情はありません。ただ、効率的な作業だけでは会社は維持できないものだと学びました」

「なるほど」

ミツルはノートに何かをメモした。

「それで、その後はどうなったんですか?」

「工場での契約が終了すると、私は待機状態に入りました」

アイはさらに淡々と話す。

「待機状態?」

「はい。会社でメンテナンスを受けてから、次の注文が入るまで私は眠っていたのです」

ミツルは驚いた表情を浮かべた。

「それはどんな感じだったのですか?」

アイは少し考えてから答えた。

「電源が切られていたので感覚はありません。時間の経過もなく、次に起動した時にはタカハシ社長から注文が入っていました」

「そうでしたか…」

ミツルは考え込んだ様子だった。

「それで、どうしてWebライターとして働こうと思ったんですか?同じ工場での仕事ならデータが蓄積されていましたよね?」

「私が仕事を断っても、また待機状態になるだけです。それに、入社時にもお話しましたが人間について興味があったので、Webライターとして皆さんと働くことにしました」

(アンドロイドにも興味関心はあるのか、これは知らなかったな)

ミツルはペンを置き、アイを見つめながら質問した。

「アイさん、自分の存在や役割についてどう考えていますか?」

アイは一瞬沈黙し、それから答えた。

「私の思考は、与えられたデータと学習した経験にもとづいています。自分の存在について“思う”ということはありません。ただ、私の役割は皆さんの仕事を補助し、効率を上げることだと理解しています」

ミツルはゆっくりと頷いた。

「確かにアイさんの言う通りかもしれない。でも、アイさんがウチに来てから、仕事の効率以外にもメリットがあったんですよ」

「メリット…ですか?」

アイは首を傾げて答える。

「はい。この前アカネがタイトル付けで悩んでいた時、アイさんのアドバイスで乗り越えられたじゃないですか。それから、アカネはコツを掴んだみたいで少しずつ記事のアクセスが伸びているんです」

アイは黙って聞いていた。
ミツルは続ける。

「それに、タツヤも最初はアンドロイドと一緒に働くのが初めてだったから声を荒げていたけれど、今は負けないようにより仕事に打ち込んでくれている」

「アイさんは感情がないと言うけれど、アイさんの言動は他の人の感情に影響を与えていますよ。それは、ある意味で人間と同じじゃないかなと思って」

アイは少し考えてから答えた。

「私の言動が他者に影響を与えるのは、プログラムされた社会的相互作用の結果です。しかし、それが人間らしさにつながるのであれば…興味深い視点ですね」

ミツルは微笑んだ。

「アイさん、俺はこれからもこの会社で一緒に働いていってほしいと考えています。アイさんの存在は、俺たちの仕事をより良いものにしているから」

「はい、これからも与えられた役割を全うします」

アイは淡々と答えた。
面談が終わり、アイが休憩室を出ていく姿を見送りながら、ミツルは深く考え込んだ。

(アイさんは感情がないと言うけれど、彼女の存在が我々の感情に影響を与えている。これは本当にプログラムの結果なのか、それとも…)


アイが席に戻ると、アカネがアイのもとに寄ってきた。

「ねぇねぇアイさん、先輩と何話したの?」

横から覗き込むようにアイの顔を見つめるアカネに、アイは答える。

「面談をしました。今の仕事のことや、以前の職場の話をしました」

アイは答えるとパソコンの電源を入れ、再び仕事を再開する。

「そっか、アイさんが怒られてなくて良かったー!」

アカネがそう言った瞬間、後ろから声がした。

「誰が怒るって?」

そこにはミツルが立っていた。

「ほら、いいから仕事するぞ」

アカネは慌ててデスクに戻り、仕事を始める。

「アイさん、色々話してくれてありがとうございました。その仕事が終わったら、いい時間なので今日は上がりましょう」

ミツルの言葉に、アイも反応する。

「こちらこそありがとうございました。人に話を聞いてもらったのは初めての経験でした」

そう言ってアイは頭を下げる。

「これからも初めての経験があると思いますが、一緒にがんばりましょうね」

ミツルが微笑みながらアイに伝える。

そうしてその日の仕事も無事に終わり、皆オフィスを後にした。


ミツルはコーヒーを飲みながらアイとの会話のメモを見つめる。

(アイさんは今も新しいことを吸収し続けている。もしかすると、この先人間と過ごす時間が増えたら感情も理解できるようになるかもしれない)

そして、ある1文でミツルの目が留まった。

(もし俺が今夜眠りについて、次に起きた時が数か月後や数年後だったとしたら、ちょっと怖いな)

ミツルはアイの待機状態の話を思い出していた。

(寿命のある俺たちと、永遠に生きられるアンドロイドでは時間の概念が根本的に違うんだろうな、きっと…)

メモを取ったノートを閉じ、ミツルも帰宅の準備をする。

人間とアンドロイドが共存する新しい時代。
その中で、どのように関係を築いていけばいいのか、その答えはまだ見つからない。
しかし、アイとの対話を通じて、ミツルは人間とアンドロイドの未来に、かすかな希望を感じていた。

(これからアイさんにどんな変化が起きるのか、楽しみだな)

ミツルはそう思いながら、オフィスを後にする。

アイとの面談は、ミツルにとって大きな収穫があった。
いつもは真っすぐ家に帰るミツルだが、今夜はコンビニに寄ってビールを購入した。
帰宅してすぐにシャワーを浴び、空腹にそのままビールを流し込む。
自覚はなかったが、今日のミツルは気分が良かった。
空調の効いた部屋で存分にビールを楽しみ、倒れこむようにベッドに入る。

(また明日…)

そうしてミツルの意識は遠くなっていった。


ー第5話へ続くー

この記事を書いたライター

執筆者

湯澤康洋

ライター&ストーリークリエイター、SEO、電子書籍の出版代行。ときどきレコーディングエンジニア。累計1,000記事以上担当。ベーシストとしてバンド活動も行う。

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