資産形成

私は、婚活パーティーに参加していた。32歳。周りの友人たちは次々と結婚し、SNSには幸せそうな家族写真が溢れている。焦ってないといえば嘘になる。

でも、私にはどうしても理解ができない。

都心から1時間ほど離れた土地に、小さな一軒家を建て、ファストファッションの服を身につけて、回る寿司で休日を楽しむ…一体何が幸せなのか。

鏡で最後の確認をする。完璧な化粧、高価な洋服。

いい物に囲まれ、いい環境で、いいものを身につける。それを叶えてくれる相手じゃなければ、独身の方がマシだ。

コトバが有限になってから、おしゃべりは金持ちの特権になった。

しかし、私は喋らない金持ちがいい。無駄にコトバ代を使わず、しっかりと資産形成できる男がいい。

私の理想の相手が、必ずいる。

「はい、次は3分間のフリートークタイムです。どうぞ」

司会者の声に、私は深呼吸をした。相手の男性は、スーツ姿の40代半ばといったところだろうか。

「初めまして、仲間瞳です」

「山田です」

簡単な自己紹介を済ませ、私は相手の様子を窺った。どうやら口数は少なそうだ。それは私にとって好ましいことだった。

年収が高く、できるだけ寡黙な男性。話が上手くても、金がないなら意味がない。

「お仕事は何を?」

「会社経営です」

短い返事。でも、その二言で十分だった。会社経営者なら、きっと年収も高いはずだ。

「素敵ですね。どんな会社を経営されているんですか?」

「IT関連です」

また簡潔な返答。

婚活パーティーにいる男は、自分の年収や乗ってる車、事業を成功させるまでの道のりなど、アピールポイントをこれでもかと喋る傾向にある。

(この人、完璧かもしれない)

心の中でガッツポーズを取った。

3分間があっという間に過ぎ、次の相手に移動する時が来た。名刺を交換し、連絡先を書いた紙を渡す。山田は黙ってそれを受け取ってから、少しだけ口角を上げた。

手応えありだと感じてからは、山田のことで頭がいっぱいになった。
山田の次に来た男は顔も良く話も上手かったが、私は上の空。あまりによく喋るのが癇に障った。

「...あなた、少々おしゃべりが過ぎるわ。金のない男はモテないわよ?」

目の前の男に一言そう言うと、私は会場を後にした。


その日の夜、山田からメッセージが来た。

『仲間さん、お会いできて良かったです。また会いましょう』

理想の相手に巡り合えたかもしれない。
これで私も、幸せな結婚ができる。そう思うと、胸が高鳴った。

山田は本当に寡黙で、ほとんどの会話が私の質問に答える程度だった。
でも、それで十分。それから、トントン拍子で話が進んだ。デート、そして婚約。

結婚の決め手になったのは、預金を確認したいと伝えた時、躊躇することなく見せてくれたことだった。その額は予想通り、普通のサラリーマンでは貯められない額だ。

「あなたの金銭感覚が、とても素敵だわ。あなたの奥さんになりたい」

ほぼ逆プロポーズの形で、デートから入籍まで1か月もかからなかった。

(引越しが落ち着いてから、結婚指輪を買ってもらおう)

結婚後の生活を夢見て、私の足は浮き足立っていた。

予算

結婚から1年が経った。

私たちの新居は高級マンションの最上階。窓からの眺めは素晴らしく、インテリアも一流デザイナーによるもの。全てが完璧...のはずだった。

「そんなものは要らない」

「でも…」

「冷蔵庫なんて要らない。毎日必要な分の食料を買って、必要な分だけを調理すればいい。余った分を置いておくだけのサイズはあるだろう」

「でも、あれは1人暮らし用の...」

「欲しいなら自分で買ったらいい」

これが私たちの日常だった。

彼は、とにかくお金を使うことを嫌う。必要最低限の物を買うことしか許されず、彼の許可がないものは自分の貯金から買うしかなかった。

彼は私の理想通り、無駄遣いをせず、多くの資産を持っている。
しかし、その資産を使うことはない。
それがたとえ、妻の私のためであったとしても。

「君の生活費は、ランニングコストとしてすでに計算が終わっている。それ以外は無駄な出費だ」

彼の資産形成は徹底していて、生活費だけでなく、夫婦間の言葉にも毎月予算を組んでいる。夫婦間の会話をする余地はなく、必要最低限のミニマム予算だ。

それでも、金持ちと結婚すると周りに言いふらした以上、今の生活が友人の目に留まるのは、どうしても嫌だった。

未来の旦那に養ってもらうため、簡単なアルバイトで生活していたので給料はすべて使い切ってきた。見栄を張るためだけに使う出費で、自分の貯金はもう残っていない。

想像していた結婚生活とのギャップに、私の心は疲弊していった。

「無駄…?」

私はただ、呆然と見つめることしかできない。

「そうだろ?無駄遣いしてどうする。たくさん資産があった方がいいと言ってただろ?」

一度だけ、なぜ私と結婚したのかと聞いたことがあった。

「世間体だ」

そう答える彼の目が見ているのは、私ではなく、毎日の日課である家計簿だ。

逃げ出してしまおうか。でも、どこにも行き場はない。結婚前に退職し、貯金も使い果たした。
離婚が頭をよぎったことは何度もある。
しかし、金持ちと結婚するんだと言いふらした手前、どんな顔で友人や家族に会ったらいいのか。

何の価値もないプライドが、私をがんじがらめにしていた。

特段質素な暮らしをしているわけではない。
最低限の食事、最低限の服、最低限の娯楽は予算内であれば自由に使うことができる。

お金はあるのに使えない。

今は使えないが、お金はある。

事実は同じでも、意味の違う現実が交互に押し寄せて私の判断を鈍らせた。

牢獄

何もない無機質な部屋を見渡すと、まるで牢獄にいるかのような気分になった。

(お金ならあるのよ?)

「…ははは」

誰に向かって言い訳をしているのか、自分でおかしくなった。
これから先も、自分で飛び込んだ金の牢獄の中で、無言の日々を過ごすのだろうか。

「お金なんて、使えないなら無価値なのね」

自分に言い聞かせるように、コトバ代を使った。頭ではわかっている。

ああ…山田の預金額が、頭の中から消えてくれたらいいのに。


ー第6話 終ー​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

この記事を書いたライター

執筆者

Nishino

アパレル業界一筋15年。2人の子どもを育てる副業ライター。現在はシナリオライティングをメインに活動中です。おもしろいことが好き!おもしろい人が好き!そんな自分の「好き」を伝えられるライターになりたいです。いえ、なります。
夢は開業...

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